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四日市の虫送り半世紀経て復活

2010年3月13日付 中外日報(社説)

「おじいさん、すごいなあ!」。子どもたちが感嘆の声を上げた。平成二十年七月六日、三重県四日市市富田地区で、大人も子どもも集まって、五十五年ぶりに復活した「虫送り」の準備が進んでいた。

虫送りのクライマックスは、夕闇迫るころ、地域内三ヵ所の神社を出発して墓地へ向かう「大松明(たいまつ)」の行列である。たいまつは、みんなの協力により縄で縛って組み立てる。その縄を、八十歳近いお年寄りが刃物を使わず、素手で必要な長さに切りそろえた。まさに、経験の力である。称賛のどよめきの中で、地域の人々の心が一つに結ばれた。

この地域にある寺院の一つ、真宗高田派正泉寺の北島義信前住職は、四日市大学教授を務めている。地域活性化を目指して組織された「富田地区まちづくり委員会」の委員として、文化・教育を考える部会長に推された。

北島氏が地域の歴史を調べると、戦前の富田地区には、毎月一回くらいの割合で何かの祭りが行なわれていたことが分かった。祭りは人々の心をまとめるものだ。しかしその多くが、戦後は消滅状態だった。祭りの復活こそ活性化の第一歩ではないか。北島氏は消えた祭りの中から、豊作を願う虫送りを選んだ。虫送りは各地で古くから行なわれてきたし、イギリスではカトリック教徒の間に同じ風習があるという。

さて富田地区では、汗を流して組み立てたたいまつに点火された。日ごろ火を取り扱ったことのない子どもたちは、恐る恐る持ち上げたが熱くてたまらない。お年寄りたちに「真っすぐ立てて持ちなさい」と指示されて、やっと要領が分かった。祭りとは、古老の知恵を生かす場だ。地区の伝統が、半世紀の空白を埋めてよみがえった。

「またやろう」の声に押されて、平成二十一年にも第二回が催された。参加者は初回の三百人よりも増えて、約四百人に。祭りの伝統を持たない新興住宅地の人々も加わった。最後は富田仏教会の住職らのお勤めで締めくくる。この地域は八割までが、高田派や本願寺派、大谷派など真宗各派の門徒だから、みんなで念仏を唱和する。

ところで、親鸞聖人の和讃の「愚禿悲歎述懐」の中には「かなしきかなや道俗の/良時・吉日えらばしめ/天神・地祇をあがめつつ/卜占祭祀つとめとす」がある。神祇不拝の姿勢を明示するものだ。真宗の僧籍にある北島氏が、神社や民俗的信仰にかかわりのある虫送りを主催してよいだろうか。北島氏は同じ親鸞和讃の「現世利益和讃」の一首を挙げる。

「南無阿弥陀仏をとなふれば/堅牢地祇は尊敬す/かげとかたちのごとくにて/よるひるつねにまもるなり」

親鸞聖人が排したのは、国家権力と結び付いた神祇だ。現世利益和讃にいうところの「堅牢地祇」とは、民衆の心や生活に結び付いた氏神、産土(うぶすな)神だ。民衆を念仏へいざなう神、親鸞聖人はその神々を否定してはいない、と北島氏は強調する。

北島氏はこの虫送りの経過を、平成十二年以来、個人的に刊行し続けている論集『遊・リーラー』の最近号に発表した。リーラーとはサンスクリットで「楽しんでなされる神の民衆救済活動」を意味する。仏教関係の論文や法話内容を中心に編集している。

「宣伝しないけれど、知友が論文を寄せてくれるので、一~二年置きに刊行、一部は市販しますが、残りは門徒さんに無料で配布しています。『読まない方は仏壇の引き出しにしまっておいたらよい。そのうち誰かが読んでくれるだろうから』と言って。真宗関係の論文が多いが、禅宗関連もある。やがてはキリスト教やイスラムも……」

『遊』を機縁に、今夏の第三回虫送りが、より盛大となることを期待したい。