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託児所を備えた大学のある米国

2010年4月3日付 中外日報(社説)

――「おばちゃん、できた?」「うーん、グラフばっかりで疲れたね」という書き出しで始まる手記を見た。ある新聞の家庭面の、女性投稿欄である。筆者は六十五歳で「社会活動家」を名乗るAさんだ。

若い時、進学できなかったので、子育てや孫育てが終わった今、大学受験に挑戦した。筆記試験が終わって口頭試問に臨む前に、一緒に受験した現役高校生との会話の一節という。

別の新聞の同じような欄には、昨年の入学式の思い出が掲載されていた。三十代後半の女性が式場で着席したら「保護者席はあちらです」と言われたので「私は新入生ですよ」と言い返したとのことだ。

他の新聞には、北朝鮮に拉致されて帰国した蓮池薫さん(52)が新潟大学の大学院に合格したとの記事があった。筆者の知人の女性は会社勤めをしながら、佛教大学の通信教育部を卒業した。社会人の勉学熱は高まる傾向にある。

「本学に関係なき者の立ち入りを禁ず」と掲示し、キャンパスの正門を固めているような大学は、やがて衰退する、と予言するのは桜美林大学大学院教授の諸星裕氏だ。少子化で十七~十八歳の人口が減っている今、大学は意欲ある社会人を受け入れるべきだと主張する。小学館の『本の窓』誌三・四月号への寄稿である。この号は「大学と大学生の温度差」という特集を組んでいる。

諸星氏が米国で在勤した大学には、必ず託児所があった。ママさん学生のためである。フルタイムで働く男女ビジネスマンのためには、夜間授業や週末授業の時間割を組み、時には出前授業もする。だから常に多くの学生数を維持することができる。

日本の大学も近隣住民の憩いの場としてキャンパスを開放すれば、親近感が高まり、レッスンを受けてみようかとの意欲を誘うだろう。米国の大学のように、学生の四人に一人は社会人という時代が来るはずだ、と示唆する。

だが、米国ほど社会人入学が定着していない日本の大学では、生き残りを懸けて、学部・学科の新設や改編に努めている。東京のM大学がW大学の独走を抑えて受験生数トップの座を奪ったのは、資格取りに有利な学科を新設したからだとの説もある。

この現状に疑問を投じる向きもある。『本の窓』誌上では東京大学教育学部長の金子元久氏が、一部の大学の新設学部について「名称を聞いただけでは、何を専攻するのかよく分からない学部がある」と批判していた=要旨。

同氏によると、それらの大学は「社会的なニーズを抽象的にすくいとり」「ブームに乗り」「細分化したピンポイントでニーズをとらえる」傾向にある。だが入学した時は盛況だった業界が卒業時に沈滞していることもあり"就活"に苦労することになる。マクロな視点から「大学教育とは何か」を考え直すべき時だ、と提言している。

戦後、大学が四年制になった時、当時の文部省は、前半の二年は一般教養に充て、後半の二年で専門教育をする方針をとっていた。一般教養では、専攻学部の違う学生と同じ教室で学ぶことで、互いに視野を広め合うことができた。まさに"総合大学"だった。

しかし、いつの間にか専門教育の開始が前倒しされて、一般教養はゼロになってしまった。教授たちは、就職戦線でのライバル校より一時間でも多く、専門教育を受けさせたかったのだろう。そして大学の専修学校化が加速された。

その中にあって、宗門系の大学で、文科系学部に包括されていた仏教学科を独立の仏教学部として復活させた所がある。金子氏の言う"マクロな視点からの見直し"であろうか。氷河期の大学は、いろいろな意味で、自らのあり方を見直す転機を迎えていると思われる。