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鳩山退陣表明と歴史上の名演説

2010年6月15日付 中外日報(社説)

鳩山由紀夫氏が首相辞任を表明した翌日の、六月三日付各紙朝刊は、政局をどう見るかの識者座談会を掲載した。毎日新聞ではコロンビア大学のジェラルド・カーティス教授が「今回の鳩山さんは初めていい演説をした。(中略)国民に何を考えているか丁寧に説明した」と語っているのが印象に残った。

そこで読売新聞朝刊の、民主党両院議員総会での鳩山発言全文を読み返した。鳩山氏は、米軍基地問題で沖縄や徳之島の住民に率直にわびるとともに、政治資金問題では同僚議員に謝罪の言葉を述べている。

その一方で、連立から離脱した社民党に向けて「社民党さんを(中略)大変厳しい道に追い込んでしまった」と語り、福島瑞穂党首らを責めてはいない。

最後には同僚議員に向けて「雨の日には雨の中を、風の日は風の中を(中略)耐えながら、国民との対話の中で新しい時代をつかみ取っていこうではありませんか」と結ぶ。カーティス教授はこの「雨の日、風の日」あたりの表現を称賛したのだろうか。

朝日新聞の座談会では東京大学の御厨貴教授が「過去の首相が辞めた時に比べて、はるかに説得力があると思う。嫌だとか、未練があるとかいうところが見えない」と評価した。

さらには、安全保障の問題が風化しかかっている現在「どうしてこの国が守られているか、根本から論議する(べきだ)。鳩山さんにはその端緒を開いた功績がある」ともいう。

カーティス教授発言に戻ると「鳩山さんだけではなく、いろいろな大臣も失敗しているけれど(中略)経験を積むことで、政権運営がどういうことなのかが分かる。二、三年先、今の失敗している人の中にいい政治家が現われる」と期待し、国民がこの政変を前向きに受け取るべきだと提言している。

このような鳩山評を受けて、ふと読みたくなったのが『言葉の力・ヴァイツゼッカー演説集』である。岩波現代文庫=永井清彦編訳=の同書は、東西ドイツ統一当時のドイツ大統領だったリヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー氏の演説記録十一編を収載する。

「過去に目を閉ざす者は結局のところ、現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです」

敗戦から四十年目の一九八五年五月八日に、当時の首都ボンの連邦議会本会議場で「荒れ野の四十年」と題して行なったこの演説の内容は、ナチスの蛮行のゆえに、ドイツ人であることを恥じていたドイツの若者に、勇気と、生きる指針を与えるものであった、といわれる。(『未来』六月号・永井潤子)

「荒れ野の四十年」とは東西に分断されたドイツの戦後四十年を「出エジプト記」でユダヤの民がシナイ半島の荒れ野で過ごしたとされる四十年に重ね合わせたものだった。ヴァイツゼッカー演説には、聖書の言葉や内容が何度も引用されており、平和と許しの心を説く同氏の言葉の支えとなっている。『言葉の力』には大統領辞任後の一九九五年に来日した際の演説「水に流してはならない」も収載されていた。

人々の心に記憶される国家元首の演説としては、南北戦争終結後エーブラハム・リンカーン米大統領が行なったゲティズバーグ演説にも比すべきものがあるのではないか。『言葉の力』を読んで、そう感じた。

日本の首相の退陣声明として政界に記憶されているのは、日蓮宗の僧籍にあった石橋湛山氏だ。昭和三十一年十二月、自民党総裁公選により首相となったが、二ヵ月後、病気に倒れると「私は、私の政治的良心に従います」と述べて退陣した。鳩山発言はそれと比べて、どうだろうか。ヴァイツゼッカー演説のような、宗教的な言葉は含まれていないが。