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その日のうちに手書きで礼状を

2010年7月6日付 中外日報(社説)

平成十年代の産経新聞には毎月一回「司馬さんは夢の中」という一ページ特集が連載されていた。平成八年に死去した作家・司馬遼太郎氏の思い出を、妻の福田みどりさんが書きつづったものだ。知られざる「人間・司馬遼」像を描きつつ、妻でなければ知り得ない情報が盛り込まれていた。「そうなのよ」と自分で自分に相づちを打つ、ユニークな文体だった。

平成十六年九月七日付本欄の「お時間よろしいのでしょうか…」は、その一節の引用である。みどりさんの出身校(現・大阪樟蔭女子大学)の後輩から電話で「卒論に司馬遼太郎論を書きたい」との相談を受けたことが記されていた。

みどりさんが電話口に出ると、その学生は「お忙しいところを、お呼び立てしてすみません。お時間よろしいのでしょうか」と丁寧な言葉遣いで話し始めた。未知の相手を電話口に呼び出すのは失礼で、本来は手紙を出すべきだとわきまえつつも、電話による対話でないと聞けない内容を質問したようだ。

みどりさんは「私自身、学生のころに、こんな行き届いた挨拶ができただろうか」=要旨=と、反省を込めて記している。何よりも「お時間よろしいのでしょうか」の配慮がよい、と。電話をかけた時、相手は大事な客に会っていたり、ぜひ見たいテレビ番組に注目しているかもしれない。そんな心配りを、どこで身に付けたのだろうか。

みどりさんがこの文章を書いたのは、六年前のことだ。それ以後、ケータイ文化、IT文化はさらに進行した。年齢層のいかんを問わず、手紙を書くことが極めてまれになった。

今の学生に、はがきにあて名を書かせても、字配りのバランスがよくない。年賀状を出しているはずだがパソコン任せだから、手は覚えていない。

折も折、先日の読売新聞のシューカツ(就職活動)指導のページに、要旨次のような問題が出ていた。会社訪問で、OBのお世話になった。お礼の仕方で正しいのはどれか。(1)その場で丁寧にお礼を言う。(2)電話をかけて直接お礼を言う。(3)その夜のうちに礼状を書く――。

マネジメントサポートグループ代表・古谷治子さんが示す正解は(3)だ。「別れる時OBにお辞儀してお礼を言うだけでなく『後日のお礼』が欠かせない。相手の時間を奪う電話よりも、メールか手紙がベター。中でも手書きの手紙が気持ちが伝わりやすい。『この人はしっかりしている』との印象を残すため、その日の夜のうちに礼状を書こう。文字の巧拙は関係ない。文面は、簡潔なほどよいのです」=要旨。

同じころ発売されたサンデー毎日には、ジャーナリスト・谷道健太さんが、就職戦線最終盤を迎えた大学四年生のために、法政大学の坂本光司教授の言葉を紹介している。キラリと光る中小企業を対象に「直筆で手紙を書きなさい」とのアドバイスだ。

坂本教授は中小企業経営論が専門で、ベストセラー『日本でいちばん大切にしたい会社』(あさ出版)の著者でもある。

「一~三年生はインターンシップ(職業体験)を通じて、自分に合う会社を探す機会があるが、時間のない四年生は、会社に手紙を書くことを勧める。興味ある業種を絞り込み、ラブレターのつもりで手紙を書いて、履歴書とともに最低百社、できれば三百社あてに送る。一%や二%は、必ず反応する」=要旨。

額に汗して自分の希望を書くというローテクな手段が、採用担当者の関心を引くはず。採用を締め切った会社でも、面接に応じるかもしれないと、同誌の記事は結論付けていた。

百社以上への手紙を手書きで。ケータイのメール遊びにうつつを抜かす余裕はない。写経百巻を納めるほどの決意で取り組まねばならないだろう。