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足るを知る仏教思想と高額報酬

2010年7月15日付 中外日報(社説)

某信託銀行が六十歳以降の生涯生活資金を、夫婦でつましく暮らして約七千七百万円、ゆとりある老後なら一億三千三百万円程度と試算している。大まかに一億円が二人の人生を終えるまでの必要経費というわけだが、先日の報道ではそれ以上の金額を一年の報酬で受け取る上場企業経営者が少なくない。人の懐をとかく言う議論はあまり良質とはいえない。ただ、そこに割り切れぬ不公平を感じるから話題性のあるニュースになるのだろう。

冒頭の生涯生活資金は世界一の長寿国日本の平均余命に月々必要な日常生活費を二十一万円~三十八万三千円として算定したという。平均的な勤労者所帯の想定で、低賃金の非正規労働者が多く相対的な貧困率が先進国で最悪ランクの日本固有の事情は省かれている。また住宅の修理・改築費、子どもの結婚費用、海外旅行費や葬式代が入っていない。それらを加えるとさらに二千万円ほど要るという。つまり退職後、過不足のない生活に備える「蓄財の勧め」だが、老後に無関心だった筆者などを慌てさせる数字ではある。

さて、上場企業経営者の高額報酬だが、ことし三月期決算から初めて、その年の「一億円以上」の役員報酬額が公表されることになった。今のところ大手自動車メーカーA社社長や家電大手B社会長兼社長の八億円以上が最高で、一億円以上が約二百八十人を数えるという。外国人や創業者の額が大きく、経営が赤字でも高額な役員報酬を計上した企業には株主総会で批判が出たそうだ。

経済界には「一億円以上」という公表基準が低過ぎるという不満や「国際基準に沿う金額」と、高額報酬を擁護する声があるようだ。しかし、厚生労働省の統計によると、一般の労働者の平均賃金は平成十四年以降毎年減少傾向が続き、昨年は前年比一・五%減の三十万円弱だった。不公平感がわだかまるのも仕方ないだろう。

「足るを知る」という仏教の教えがある。仏教経済学といわれる分野のキーワードの一つだ。人の欲望には限りがなく、富に執着するあまり暴力と戦争、地球環境の破壊に行きつく。仏教思想がそれを抑制する、というのが仏教経済学の基本的な考え方と聞く。その視点から、さっきの生涯生活資金を超える報酬を毎年受け取る経営者はどのように評価されるべきなのか。

特に近年は、競争の激化に伴いリストラや非正規労働者の多用で経営の効率化を図る企業が数多い。そんな企業の経営者の高額報酬に抵抗を感じる人は少なくないだろう。労働への尊厳を失った社会はモラルの退廃を招くという。経営という言葉自体、本来は仏教用語で人間形成という意味で使われていた(松原泰道著『「足るを知る」こころ』)。その論理で言うと、労働者を使い捨てにするような企業は、経営に値しないのではないか。

同じ宗教でも禁欲主義を宗旨とするプロテスタントは利益の追求を認める半面、利益は社会に還元すべきだという思想があるといわれる。昨今の欧米社会のマネーゲームを見ていると異議を挟みたくなるが、それでも例えばビル・ゲイツ氏は巨額の資金を社会貢献のために投じている。翻って日本はどうだろうか。

筆者が以前勤めていた新聞社の社会事業部門への寄付金は無名の人々からのものが大半だった。「小児がんで亡くした娘の遺志で小児がん撲滅運動に」と、一千万円を寄託された両親は市井の自営業者だった。筆者の今、関係している国際協力団体への寄付者にも、億万長者といわれるような人はいない。例外はあるようだが、日本では富裕層が寄付するという文化が希薄なようである。

それやこれやで高額報酬にはやはり疑問を持たざるを得ない。ただ、それは何も企業経営者に限ったことではないが。