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固定電話思考に決別すべき時だ

2010年10月19日付 中外日報(社説)

ここのところ、日本の内政ニュースのかなりの部分が、民主党元代表の小沢一郎氏を中心に動いてきた。一般市民の小沢氏評は「強大な政治力の持ち主ではあるが、近寄り難い。政治資金をめぐって、すっきりしない情報がある」というところではないか。

さきの民主党代表選挙で菅直人氏が小沢氏を破り、引き続き首相の座にとどまると決まった時、新聞各紙の世論調査に表われたものは「菅首相への期待はさほど大きくないが、小沢氏が首相になるよりはまし」という"民意"だったように感じられる。

東京在住のジャーナリスト・池田龍夫氏が『メディア展望』誌十月号に寄せた分析によると、民主党代表選挙の運動期間中に各紙が伝えた数字は「菅支持60%前後、小沢支持30%前後」だった。

しかしこの数字は、固定電話から抽出したサンプルによるものだ。固定電話を持たず、携帯電話やインターネットを駆使する若者の意見は、ほとんど反映されていないという。

池田氏によると、民主党の代表選挙期間には、インターネットを通じての世論調査も行なわれたらしい。「ZAKZAK」が伝えた二つの例では、投票直前の有力ネットAの集計では小沢氏支持が59%、菅氏支持が28%だった。別の有力ネットBではなんと、小沢氏93%、菅氏6%と大差がついたとか。固定電話派とは全く逆の数字だ。どちらが正しいのか。

平成十三年七月十九日の本欄で紹介したが、新聞各紙が世論調査を重視するようになったのは、昭和三十三年の第二十八回総選挙での広島二区の"番狂わせ"がきっかけだ。

後に総理となった池田勇人氏の選挙区で、定数は四人、候補者には有力な政治家が多かった。この時に、初めて選挙報道に世論調査方式を取り入れた朝日新聞は、他紙がノーマークだった二十七歳の谷川和穂氏が有力と報じた。

選挙通は「まさか、あの青年が」と見なしたのに、フタを開ければ谷川氏は当選。後には防衛庁長官(当時)を務める有力議員に成長した。これを機に新聞界では、選挙に限らず、何かあると世論調査を実施し、その結果を大きく報道するようになった。

当初の世論調査は標本抽出、つまり誰から意見を聞くかの選定が大変だった。選管で選挙人名簿を見せてもらい、何人おきかに人名を選び、住所をメモする。アルバイトの調査員にその名簿を渡し「必ず本人に会って意見を聞くように」と指示する。それが政治記者の大きな仕事だった。

昭和四十年代に入ると、ほとんどの家庭に電話が行き渡った。電話帳からピックアップした番号に電話をかけて、意見を聞く。わざわざ出向く必要はない。何か事件があれば、翌日の紙面には「本紙世論調査では内閣支持率何%」の大見出しが出る。昭和後半期は、世論調査の良き時代だったと言えよう。

ところが平成に入ると、携帯電話とインターネットが急速に普及した。固定電話は一部の人のものとなった。さらに個人情報を守るため、電話番号簿に名前を載せない人もある。

それにもかかわらず新聞各社は、昭和時代の惰性のままに固定電話に頼る世論調査を続けている。手法が同じだから、どの社の数字も似たり寄ったりだ。ネット調査で逆の数字が出るのを見ると、これで真実が伝えられているのかと言いたくもなる。

さて仏教界では、最近の寺離れ傾向に対処して新しい教勢振興策を模索する所が増えた。結構なことであるが、現在寺を預かる老僧の中には、固定電話的思考の人もあるようだ。むしろ、インターネットを駆使する副住職クラスの意見を吸い上げることも必要ではないだろうか。諸外国の中には四十代の党首の誕生が相次いでいる時代だ。