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難聴者に役立つ駅ごとの色分け

2010年11月27日付 中外日報(社説)

「皆さん。京都市営地下鉄東西線に乗って気付かれたことはありませんか」。ボランティア活動者の集会に講師として招かれた難聴者のKさんが問い掛けた。さあ、何だろう。

「どの駅にも駅名表示板がありますね。白地に黒文字で駅名を記した下の方が色付きになっている。京都地下鉄東西線では駅ごとにそのカラーを変えてあり、色を見ただけで何駅かが分かるのです」

難聴者には、駅や車内のアナウンスが聞こえない。地下だから窓の外は見えない。けれども列車が駅へ進入し、窓に駅名表示板が流れ始めると、色だけでどこの駅かが分かる。

同線が開業したのは平成九年十月だが、京都市交通局の中には、特に難聴者のためにという意識はなかったという。駅の数が開業当初は十三、西へ延伸後は十七と"程よい数"なので駅ごとに色分けする構想が浮上したらしい。

JRと連絡する二条駅は山吹色、京阪電車と連絡する三条京阪駅は牡丹(ぼたん)色。京都市役所前駅は鮮やかな韓紅(からくれない)色と決まった。「その色分けが難聴者の方の助けになっているとしたら、うれしいことですね」と交通局の職員は言う。

京都地下鉄は、東西線に先立って昭和五十六年五月に、南北に走る烏丸線が開業した。その建設に当たって、身体障害者のグループから「お願い」が提出された。「私たち車いすの者にも利用できるよう、駅にエレベーターをつけて頂けませんか」と。

カトリック信徒の障害者が提起し、京都の仏教系大学の学生が支援の署名を集め「要求」ではなく「お願い」の形をとった。

その事情は本欄で紹介したことがあるが、当時の舩橋求己市長の英断により、京都地下鉄烏丸線十五の全駅にエレベーターが付設された。「どの駅でも車いすで乗り降りできる」日本初の鉄道が実現した。

エレベーター設備は、東西線の全駅にもある。「公共の鉄道の駅にエレベーターは不可欠」という思想が全国に広がり、障害者が外に出て健常者と交流する機運が加速された。東西線の駅ごとの「色分け」は、障害者への配慮の伝統を継承する形となった。

「駅のカラー仕分けならうちを忘れてもらっては困ります」という声が出そうだ。京阪電車の鴨川沿いの地下六駅である。

京阪の路線は昭和の末から鴨川沿いを走る京都市内の路線を地下鉄化し、北の出町柳駅まで二駅の区間を延伸した。かつては地上を走り、鴨川べりの柳や桜の並木越しに市街を見ることができた。地下だとその眺めが消え失せる。

そこで乗客に地上の風景を連想してもらえるようにと、各駅の壁面をカラーベルト化した。

南の七条駅は京の入り口だから、華麗な紫色。次の清水五条駅は清水焼の青磁色。祇園四条駅は都心の華やぎを象徴する黄色。三条駅は「おこしやす」の心こもる薄紅色(肌色)。神宮丸太町駅は鴨川の清流さながらの水色。終着の出町柳駅はズバリ柳の緑色と塗り分けた。Kさんによると、このカラーベルトも難聴者にとって、駅名判別の助けとなっている。

かつて、ある都市の鉄道で、帰宅途中の難聴の小学生が居眠りして乗り過ごした。慌てて知らない駅に下車したが、財布を持っていないので乗り越し運賃は払えない。耳が不自由だから駅員と話ができずで、家に電話もかけられず、困り果てた、というケースがあった。障害者同士は、そのような体験談が直ちに横へ広がり「交通機関には筆談用のノートと鉛筆の常備を」という運動となる。

京都は難聴者をサポートする「要約筆記」の発祥地でもある。社寺へ参拝する人々が、利用する鉄道の色仕分けを眺めて、福祉問題への関心を高めることを期待したい。