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「勝つ」と「克つ」

2010年12月9日付 中外日報(社説)

誰でも負けるより勝つ方が好きである。ところで「かつ」にもいろいろあって、まず「勝つ」とは、戦争や競争、試合やコンクールやコンテストなどで、ほぼ互角の相手と戦ったり争ったり競ったりして、相手を屈服させる、あるいは相手より優れていることを示すことだ。

他方「克つ」とは、圧力や逆境、苦難や試練に耐えてこれらを乗り越えること、つまり克服することである。「贏つ」という字もあり、これは栄冠を贏ちとるというように用いられ、「収める、手に入れる」という含みがある。

体操の世界選手権やボクシング、フィギュアスケートなどで勝ってメダルを授けられるのは結構なことである。ノーベル賞や文化勲章を授けられ栄誉に輝いた方々もある。こうした方々の話を聞くと、まずは例外なく逆境に耐え苦難を乗り越え荊棘の道を切り開いて栄光を手にしておられる。「勝つ」ためには「克つ」ことが必要であるとあらためて教えられるのである。

話は違うが、生物の進化について「生存競争」ということがいわれる。優勝劣敗というわけだが、しかし進化の場合はかなり事情が異なるようである。

雌をめぐって雄が争うのは普通に見られることだ。角をぶつけ合って争ったり、大きさや美しさを競ったり、サービスに相努めたりして勝った雄が子孫を残すことになる。生物は例えばこうした競争で進化したのだろうか。

他方、進化は危機的な状況を乗り越えることで促進されたともいわれる。六千五百万年前に地球に衝突した小惑星ないし巨大隕石が恐竜絶滅の原因だという説がある。この偶然がなかったら恐竜の支配下に置かれていた哺乳類の繁栄はなかっただろうといわれる。当然、人類が誕生することもなかったであろう。この場合、恐竜は滅んだのに、同様に逆境に置かれた哺乳類は生き延びた。恐竜と戦って勝ったのではない。地球的な危機に対処することができた(克った)のである。

近代が非常な繁栄をもたらしたことは言うまでもない。生活は豊かに便利に安全になった(戦争の破壊力は増大したが)。近代化とは科学と技術の発達と結び付いた産業化、民主化、都市化などのことで、産業化は工業化から情報化へと進み、都市化は核家族化、さらに少子化を招き、独居を可能にした。

ところで産業化をもたらしたのはやはり資本主義で、これは自由競争を建前とする。近代以来、市場の自由と公正な競争を確保すれば個人の利益追求は全体の繁栄をもたらすとされてきたのである。これは嘘ではないし、ここには困難に克ち、また競争に勝った多くの物語がある。

これに対して資本主義は貧富の格差を生むというのでマルクス主義が生産手段の共有と計画統制経済を主張し、また自由主義諸国でも社会主義的政策がとられるようになった。マルクス主義が行き詰まった後、特に金融市場の過度の自由競争は不動産バブルの発生とその崩壊をもたらし、結果としての不況がまだ続いている。

自由競争が必ずしもうまく機能しないことは、例えばタクシー業界での参入自由化が過当競争をもたらして一台当たりの売り上げが減ったため、常識とは逆に運賃の値上げを招き、台数まで減らさなくてはならなくなった例がある。

ひたすら勝つことを求める自由競争が経済成長を促進した半面、格差が増大し不況をもたらしただけではない。環境破壊、生物種の絶滅、資源の枯渇、富と資源の分配をめぐる争いが生じ、地球温暖化はもう焦眉の地球的課題となっている。政治の面でも近代は経済と結び付いた国益と覇権をめぐって戦争が絶えず、敗者のみならず勝者にも多大の損害を与えた。

他方ではこういう言葉がある。「誰が一番偉いか議論していた弟子たちにイエスは言った。『誰でも一番になりたければしんがりになり、万人に仕える者となれ』」

宗教者はひたすら困苦に耐え修行と勉学に励むものだ。艱難に克つことは必要だが、それは競争に勝って栄誉を得るためではない。文化の大賞に輝く人の中にも、それはひたすら真実を追求した結果であって、目的ではなかったという人がいるだろう。良寛和尚は優れた書や詩歌を残したが、栄誉や賞金が欲しかったからではあるまい。克つ努力は惜しまないが勝つことは求めない人間がいる。世に平和をもたらすのはそのような人々であろう。