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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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つながり求めて大晦日をともに

2010年12月16日付 中外日報(社説)

この大みそか、人々のきずなが絶たれた「絶縁社会」に、一人の若い女性が灯火をともそうとしている。

「年越(としこし)いのちの村」という企画で、家族や故郷と縁が切れたり、人間関係に苦しみ孤独に打ちひしがれる人たちが身を寄せ合い、共に温かい時を過ごそうというもの。呼び掛けたのは京都の大学生で、七年前に母親を自死で亡くした尾角光美さんだ。

寄る辺や居場所のない人にとって、世間の人々が家族団欒をする年末年始は、精神的支えともなる福祉や医療の受け入れも閉ざされ、つらく、孤独感から自死に向かいやすい時期だ。

「自死の最大の原因は、病苦や経済問題よりも、苦しい時に支えとなる人とのつながりがないこと」と尾角さんは言う。

大阪市内の寺を泊まりがけで借り、皆で食事や年越し蕎麦を取りながらトークやゲームをして除夜の鐘を聞き、明けては雑煮で祝い、初詣でにも行く計画。参加費は求めるが、食費や暖房費用、布団リース料など経費もかさみ、運営は大変だ。

僧侶や学生、自死未遂経験のある男性も含むボランティアたちがサポートし、現在、チラシや自死念慮者の書き込みも多いネットのサイトなどで参加呼び掛けをしている。

尾角さんは母の死以来、自らも援助を受けたあしなが育英会を通じて、親など大事な人を失った遺族のグリーフケアに携わった。その経験から「Live  on(リヴオン=生き続ける)」という任意団体を立ち上げ、母の日に寄せる亡き母への手紙を募集して出版したり、自死問題に取り組むようになった。

自治体や、寺院・宗派も含む全国各地の機関から招かれて講演をしたり、地元では若い僧侶らと自死防止活動の会を設立し、相談者養成の講師も務める。

生きづらい現代社会で、自死者が毎年三万人を超える状況が続いている。宗教者も含めたさまざまな活動があるが、自ら母を亡くした若い弁護士が遺族への法的支援の弁護団を結成したり、子供を自死で失った「親の会」が相談ホットラインを開設するなど、遺族自身による地道な取り組みが相次いでいる。

尾角さんも「親を助けられなかったという自責の念や悲しみは消えないのが当然。それを生かし、どう昇華するか、悔しさが原動力です」と言う。

自分もかつて、独りぼっちになった年末に「死にたいと何度も思いつめた」が、たまたま知り合った夫婦が年越しに自宅に招いてくれ、救われた。

「だから『恩送り』をしたい。上の立場から『援助してあげる』という他人ごとじゃなくて、自分ごととして、一緒につながって生きていきたい。つながりのきっかけをつくることはそんなに難しくはないはずです」と。これはまさしく、おのずからなる「発心」である。

尾角さんは、活動を通じて縁ができた所を含めて僧侶や寺に企画への協力を呼び掛け、賛同者も得たが、厚い壁も感じた。だが、「お坊さんはいのちの専門家。生きている人のいのちを守り、支えるために、もっともっとお寺を開いてほしい」と、強い期待のメッセージを発している。

宗教の社会貢献が言われるが、寺院の、教会の門を開けば、そこには「苦」に満ちた社会が間近に見え、「つながり」を求める人々の声が聞こえるはずだ。

自死と同様、行旅死亡者など係累も分からず孤独の中で亡くなる人が三万人以上になる絶縁社会。政府の「高齢社会白書」によると、六十歳以上が対象の調査で「困ったときに頼れる人がいない」との回答は、女性の独居者で9.3%、男性では24.4%に上る。

大みそかに鐘を突く寺院も多いだろう。その際、しばらく門を開いて熱いお茶でも接待し、さまざまな人たちが交流し合う機会をつくることは困難であろうか。既に以前から取り組んでいる所も多いだろうが、それがきっかけになり、寺が「つながり」「縁」の場となれば素晴らしいことだ。

尾角さんがともすのはささやかな灯火だ。だが、暗闇の中で、人々の行く手を、生きる道筋を照らす灯火、それこそは宗教本来のあり方ではないか。

この企画は引き続きスタッフや運営費の寄付を募集している。連絡は「Live  on」(電話〇九〇・六一一六・五六八〇、Eメールm.liveon@gmail.com)へ。