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宗教界にも響くTPPへの参加

2011年1月13日付 中外日報(社説)

消費税増税や国防強化など重要課題が昨年来、矢継ぎ早に繰り出された。中でもメディアの大勢が「待ったなし」と声高に推進を主張する「環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)」への参加問題は、宗教界にも直結しそうな難題だ。日本の農業と地域の崩壊が懸念され、地方の寺院・神社の存立基盤も脅かされかねない。協定参加に「第三の開国」と前のめりの政府の姿勢を等閑視できないように思う。

TPPは昨年十月、菅直人首相が所信表明で唐突に「参加を検討」と述べ、にわかに注目された。多くのメディアは一斉に「参加」を唱和、テレビのニュースキャスターは「時間がない」と参加をせきたてた。だが、その性急さにはどこかいかがわしさがある。

TPPのポイントは、協定参加国が物品の関税を例外なく十年以内に百パーセント撤廃しなければならないこと。農産品輸出大国の米国、豪州や東南アジア、南米の計九ヵ国が参加を表明している。もともとシンガポール、ニュージーランドなど四ヵ国の自由貿易協定の動きだったが、一昨年に加わった「市場競争」至上の米国の主導で今年十一月のAPEC首脳会議までの合意を目指すという。市場開放に消極的な中国への包囲網という政治性も指摘されている。

日本が参加すると自動車や電機などの輸出産業には有利だが、高関税で保護されている農業、とりわけコメ農家に破壊的なダメージを与えるとされる。経済界が「バスに乗り遅れては日本経済の再生はない」と参加を強く主張し、農協など農業関連団体は「日本の農業が壊滅する」と猛反対するのはそのためだ。

日本の将来を方向付ける分岐点ともいえる対立だが、筆者が危惧するのは世の大勢ということだ。

半世紀以上も前に「一粒の麦」という、なぜか聖書の言葉をとった邦画があった。東北から東京に集団就職する農家の二、三男たちの姿を描いた名作。当時は民族の大移動とも形容された。日本の経済を支えたこの映画の世代は大都市に定着して故郷への愛着は薄れ、一方、農山村では過疎化の進行で農業人口の平均年齢は六十五歳を超えた。GDPに占める第一次産業の割合は1.5%。TPPに絡んで現政権の閣僚の一人は「1.5%を守るために98.5%のかなりの部分が犠牲になっている」と語ったそうだが、その感覚は大都市圏に営業基盤を持つ大手メディアの論調にも通じる。地域に根差す地方紙の多くが「国民的議論が必要で、準備不足」「慎重に政策判断を」などと論じているのと対照的だ。ともあれ時代の主流に乗る形で拙速に事を運ぶことのないように望みたい。

食糧は、もう一つの戦略物資といわれるほど国益にかかわるものだ。日本はその自給率が四割ほどでかなり低い。一部の識者によると、TPP参加で農家の損失補てんの意味を持つ個別所得補償も焼け石に水。そもそも営農の条件がまったく違う米国・豪州などと同じ土俵で争えば農業のさらなる衰退は必至で、耕作放棄地の拡大は国土の荒廃、自然の破壊にもつながるという。BSE(牛海綿状脳症)で騒がれた米国産牛肉の大量輸入への圧力も予想され、日本人の「食」にも大きな影響を与えそうだ。

政府は昨年末になって結論を延ばす姿勢を示す一方で、農業経営の大規模化による競争力の促進に力を入れるという。特定の地域ではブランドの強化や特産品の開発、流通の改善などによる成功例も報じられる。だが、それはまだ例外であって従来の伝統農法で農業を底支えしてきた多くの農業者はどこへ向かうのか。営農に夢を抱き、農業回帰を目指す人々を失望させてよいだろうか。

戦後の地域社会の変貌の意味をよく知る宗教者にとっても無視できない問題というべきだろう。