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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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震災被災者救援へ連携し取り組みを

2011年3月15日付 中外日報(社説)

日本人が経験したことのない規模の大災害が起きた。マグニチュード9・0、最大震度7という超大型の地震だったが、さらに大津波が襲い、恐るべき被害をもたらした。

追い打ちをかけるように、福島第一原子力発電所では原子炉の冷却機能がストップし、非常に危険な状態に陥った。余震も頻繁で被災地はなお深刻な状態が続いている。

人命救助がともかく緊急の課題だ。避難民は三十一万人に上るといわれ、伝えられるところでは消息不明者は二万人を超えるともされる。消息不明者はいずれかの場所に避難されていることを願うばかりだが、ライフラインの断絶状況を見ると、連絡の取れない場所にいる人たちの環境は極めて厳しいと考えられる。早期の救援は国民挙げての願いだ。

津波に流される車両や家、わずかなビルを残して消え去った市街。テレビの映像が伝える被災地の惨状には息をのみ、言葉を失う。日常生活が一瞬にして破壊されて、多くの人が命を失い、辛うじて避難し得た人々も戻るべき家はなく、避難所に身を寄せるしかない。

この地震のエネルギー規模は阪神・淡路大震災の千四百五十倍ともいわれる。平成七年一月、地震直後の神戸の街の惨状は今も脳裏に焼き付けられているが、当時、激甚な災害の範囲はいわば足で歩ける範囲だった。今回の地震・津波の被災地ははるかに広域で、東日本全域に被害が及んでいる。

激しい揺れに破壊され、津波に流された街、村、集落。地域社会の復興、市民一人一人の日常生活の回復に何年かかるか予想もつかない。日本は国を挙げてこの困難な課題に取り組まねばならない。被災者ばかりでなく、国民すべてが長い年月を通して何らかの形でかかわってゆかねばならない問題といっていいだろう。

このような大災害を前にして、宗教者は何をなすべきか。宗派・教団は震災直後から災害対策本部を立ち上げたり、義援金募金を呼び掛けるなど、積極的な被災者支援を開始している。宗祖の大遠忌を目前に控えた真宗各派、浄土宗系宗派の、遠忌行事計画への影響も避けられない。

現地では多くの寺院、神社、教会などの宗教施設が被害を受け、宗教者自身も被災者の立場にいるが、例えば深刻な被害を免れた宮城県松島町の瑞巌寺では、雲水が被災者のために炊き出しを行なっている、という。ほぼ壊滅状態と報じられる岩手県陸前高田市では、奇跡的に倒壊を免れた寺が被災者に避難場所を提供している、との情報もある。

今は自衛隊や消防、警察などが主力になって救援活動に当たる段階だが、市民ボランティアと共に宗教者の貢献が強く期待される時期が必ず来るだろう。特に、現地では破壊された地域社会の復興に、寺社などの存在が意味を持ってくるに違いない。

多くの死者、行方不明者があり、おびただしい数の市民が余震の続く中、困難な避難生活を送りつつ救援を待っている現在、被災地復興を語るのはまだ早過ぎる。しかし、遠くない時期、復興へ向けての日々、地域の中で、寺や神社は、他の社会的機関とは異なる存在感を示し、人々を励まし支えることができるはずだ。宗派・教団は、互いに連携しながら、それについて有効な支援策を今から検討すべきではないだろうか。

仏教界の一部では、社会の変化を踏まえ、本山と地方寺院、包括・被包括の関係を根本的に問い直し、社会の中の宗門のあるべき姿を再構築すべきだという声も上がり始めている。今後の被災地復興支援を通じて、宗教界は教団のあり方だけでなく、社会の中での位置が問われ続けることになるだろう。