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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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"絆"こそが宗教の力 寄り添いつつ構築を

2011年4月9日付 中外日報(社説)

東日本大震災の被災者への支援で、「絆」「縁」の意味が重みを増している。家も肉親も全て失いながら、互いに協力し助け合う人々がそうだ。例えば宮城県気仙沼市の神社の避難所では、2畳に3人が暮らす状態が2週間続きトラブルも起き始めたが、掃除や料理、連絡係など老若男女全員が「一人一役」を分担することで、被災者の連帯の絆が深まったという。

長期的な側面でも、前岩手県知事の増田寛也さんが朝日新聞で「東北の人々は昔から冬の間、雪に閉ざされる過酷な自然の中で互いに融通しながら絆を頼りに生きてきた。仮設住宅に機械的に収容するのは最悪だ」と、阪神・淡路大震災のような都市型災害とは異なる復興の手法を訴えていた。

現に、複数の自治体で住民が役場ごと遠方に「疎開」したが、そこには都会では希薄になった地域コミュニティーへの信頼が根付いている。また、支援する側との関係でも、阪神や中越地震など以前の災害被災者が経験を伝え、励ましや援助をする「被災のリレー」という絆が広がっている。

地域での被災者引き受けを進める北九州ホームレス支援機構の奥田知志牧師は、同じ朝日紙上で「絆には『傷』が含まれている」と語る。援助の場では生身の人間同士がぶつかり合う。助けたいと思っても深入りするのは怖いとも思う。しかし「一緒に泣き、傷つくところから支援が始まる。息の長い支援で絆をつむいでいきたい」との言葉には、現場の蓄積に裏打ちされた重みがある。

被災地で、震災前から野宿者や自死問題に取り組んでいた宗教者たちの活動が目覚ましい。釜ケ崎で労働者の自立支援をしてきた川浪剛さんは「あくまで当事者が平常の生活に戻られるよう後方側面支援に徹するべきです」。「無縁死」者供養に携わった中下大樹さんは、祈りや葬儀もだが、家族を亡くし放心状態の人の役所手続き手助けの重要性も指摘する。

支援活動での宗教者の姿勢、宗教性の論議があるが、今回はこのような従来の実績を源泉に、素早く広範な行動がまずあった。身を置く場所、立場によってさまざまな支えの形があるだろう。だが人々に寄り添い、悩みながらも縁や絆を構築していくことが大事だ。そこに宗教性は明確だ。絆こそは宗教の持つ大きな力だから。

宗教者の支援ネットワークを立ち上げた稲場圭信さんは言う。「被災地の看護師、原発に向かった自衛官も、目に見える聖職者ではないが信仰を持った人たち、宗教者です」