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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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震災で発揮された宗教者の「支援力」

2011年6月30日付 中外日報(社説)

東日本大震災からの復興は相当の長期に及ぶと予想される。原発事故の災害はなお続き、収束の予測もままならぬ現状だ。避難所暮らしの人はまだ多く、さらに疎開や移住を強いられ、あるいは自ら選び取っている人も少なくない。

このような状況下、宗教者はさまざまな形で被災者支援活動を続けており、それが注目される機会も少なくない。東北地方は伝統宗教が地域社会の生活に今も根付いていることが一つの理由だろう。支援活動の中には宗教者ならではの支援もあり、宗教者に限らずさまざまな立場の人ができる活動を宗教者が担っている場合も多い。

宗教者は宗教者でなくてはできないような支援活動をこそすべきだという考え方もある。遺体埋葬に伴う慰霊・追悼などはその最たるものだが、地方行政組織によって必ずしも積極的に受け止められなかったとも報じられている。残念なことであり、今後改善すべく宗教界が協力していけるとよいだろう。だが、宗教者でなくてもできる活動を宗教者が担っていて、そこに宗教にふさわしい内容が見られることも少なくない。

宗教施設が避難所として被災者が身を寄せる場となったのも今度の震災の特徴だ。避難所提供は宗教者でなくてもできるが、宗教施設にふさわしいことでもある。そもそも宗教は人助け、お互いの支え合いに役立ってきた。普段から人々が入ってきやすい形で運営されている宗教施設は、予期せぬ困難に際してその特性を十二分に発揮することができた。

孤立した人々の支援に取り組む宗教者も震災後の支援で力を発揮している。自死者遺族や自死念慮者の支援に携わる宗教者は、災害で近しい人を失った方々の心のケアに当たるすべを知っている。路上生活者支援の経験がある宗教者も直ちに被災者のニーズを察知し活動につなげた。

このように宗教でなくてもできるが、宗教にふさわしいさまざまな領域がある。そこには宗教的なケアのあり方が含まれており、宗教者の成長の場がふんだんに存在する。被災者に教えられ導かれると感じている宗教者もかなりいるのではないか。

今後、復興の過程で、宗教者による被災地支援活動はいくらか減少していくかもしれない。だが、震災で発揮された宗教者の力は、形を変えて普段の社会生活でも生かされていくことだろう。人々の苦悩に寄り添い、人々の支え合いに関与し、力づけていくような宗教のあり方が今回の震災によって見えやすくなっているようだ。