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藁が飼料になると知った晴耕雨読派

2011年7月30日付 中外日報(社説)

「仕事のない方は農業をなさったら」と提唱する人がいる。農林水産省技官の妻だ。転勤でどこへ移住しても菜園を借り、こまめに野菜を作っている、という。だが経験のない人の転職がうまくいかないことが多いのは、釣りざおと弓矢を取り換えた海幸彦と山幸彦の神話にも象徴されている。

約10年前、滋賀県の農地の一部が住宅団地になり、大阪や京都へ通勤するサラリーマンたちが入居した。近くの農家のAさんが、入居者に声を掛けた。「田んぼの一角に、もち米を植える。月1回、日曜日の半日だけ、手伝ってみませんか。収穫の半分は、皆さんに差し上げるから」

数人が協力を申し出たが、誰もが農作業のつらさに音を上げた。一番こたえたのが、真夏の炎天下での草取りだった。年末に餅つきをして、正月用にどっさり分けてもらったが、2年目は全員が協力を辞退したそうだ。

同じころ、神戸市の会社で定年を迎えたBさんは、妻の出身地である和歌山県の山村に移住した。かねて念願していた"晴耕雨読"をするためである。

手ごろな広さの休耕田を借りることができたが、周囲を区切る畦作りで早々につまずき、近所の専業の農民に助けを求めた。余り苗をもらって田植えをし、雑草を引き、害虫を駆除して、稲刈りにこぎ着けたが、収穫は周りの田の半作ちょっとだった。それでも刈った後に大量の藁が残った。

「この藁を縄かムシロに加工して活用したい」と思ったが、藁工品用の機械がどこにもない。縄はすべてビニール製、ムシロやカマスは段ボール箱かビニール袋に取って代わられている。Bさんはやむなく藁を焼き、翌年用の肥料に使うことにした。Bさんの"晴耕雨読"はそれ以後も細々ながら続いている。

放射性セシウムの付着した藁を食べた福島の肉牛問題が新たな焦点となったと聞いて、Bさんは驚きの声を上げた。「藁は、飼料にもなるんだな」と。Bさんの周辺には、家畜を飼う農家が一軒もない。だから家畜はトウモロコシや雑穀など、輸入飼料で育っているとばかり思っていた。

兵庫県在住のCさんによると、日本のある製薬会社は東日本大震災発生前の昨年10月、ドイツの会社と提携して、放射性セシウム体内除去剤を輸入販売することの承認を当局から取得していた。先見の明があったというべきか。現在はネット上でPR中だが、事態の推移によっては、広く注目を集めるかもしれない。