ニュース画像
御影堂前階段で記念撮影を待つ小僧さんたち。2時間余りの儀式を終えてほっと一息
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

初盆の悲しみ表す白紙張りの高灯籠

2011年8月20日付 中外日報(社説)

陰暦7月15日に亡き人を追善供養する盂蘭盆会は『盂蘭盆経』に基づく行事であるが、このお経は中国で創作された偽経の一つとされている。家を捨てて出家し、個人的に悟りを得た者が救われるという仏教は、先祖や父母を大切にする儒教の国・中国にはなじまない。そこで後漢時代の仏教者たちは、十大弟子の一人目連が、地獄の餓鬼道で苦しむ母親のため、7月の中元の日に丸い盆に食物を盛って供養した、という内容の経典を考え出した。

この経典により、仏教は祖先を大切にする教えであり、中国にふさわしいとされた。3世紀に敦煌の僧・竺法護が翻訳したという形をとっている。しかし一部には、古代インドにも祖先に食物を供える慣習があったと説く人もあるそうだ。

その影響で日本の社会でも、7月15日に祖先の供養をする盂蘭盆会の風習が定着した。俳句の季題「盆の月」は陰暦7月15日の夜、盂蘭盆会に集まった人々を照らす満月のことであった。しかし1872(明治5)年の改暦以後は、東日本が太陽暦7月15日、西日本が月遅れの8月15日にお盆を営むようになった。

行事の日取りに地方差がある場合は、概して東京優位に推移しがちである。しかしお盆に限ってはなぜか西日本が優位にある。8月は各種の学校が夏休みだし、戦後はこの月に、国民的な鎮魂の行事が多いからであろう。

東日本大震災の後で菅直人首相が「お盆までには仮設住宅を整備したい」と語ったその「お盆」は7月でなく8月15日であった。残念ながらこの公約は果たされていないが。

ということで、7月にせよ8月にせよ、15日に「盆の月」が輝くことは、ほとんどなくなった。歳時記の秋の項に「盆の月」は残っているが、無月の年には詠みようがない。幸い今年は、1日だけのずれで、8月15日には陰暦の7月16日、ほぼ丸い十六夜の月が東の空に顔を出した。

筆者の郷里の高知県ではお盆の期間に、墓場に白い灯籠を掲げる習慣があった。その年に初盆を迎えた家の墓地に立てるもので「高灯籠」と呼ばれた。白い紙を張った火屋にゆらめく火は、幽玄さと共に悲しみを表していた。こうした風習も、村々の過疎化と共に姿を消しつつある。

陰暦であれ太陽暦であれ、棚経を勤める「盆の僧」の忙しさは昔も今も変わらない。「盆の月」と「盆の僧」と。俳人たちはどんな名句を詠んだであろうか。