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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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新興仏青の思想を震災後の今に思う

2011年8月25日付 中外日報(社説)

日本が満州事変から破局へと向かう時代の潮流に抗して平和と社会変革を訴え続け、弾圧された新興仏教青年同盟のことを思い起こしておきたい。同盟を率いた妹尾義郎は人々に深刻な無常感を味わわせた関東大震災以降、社会制度への批判を強めていったという。妹尾が亡くなってからこの8月でちょうど50年。何らかの因縁を感じさせるのである。

新興仏青と妹尾の生涯は多くの資料があるが、筆者は数年前に偶然古書店で岩波新書『仏陀を背負いて街頭へ―妹尾義郎と新興仏教青年同盟』(稲垣真美著)を見つけて、意外に思った記憶がある。戦前の仏教者が仏の教えに基づき反戦・社会改革運動を起こした事例を知らなかったからだ。

新興仏青は昭和6年、柳条湖事件の直前に東京で設立された。世界恐慌以来の若年層の就職難、失業や農村の窮乏など世情の不安を背景に、社会と関わりを持とうとしない伝統教団への憤まんが大きな要因だった。そのころの妹尾の論文から関東大震災以後、苦難を耐え忍ぶ宗教性を脱し世を改変する仏陀本来の教えに向かわないと仏教は民衆に忘れ去られる。そんな思想の展開がうかがえる。

その後、新興仏青は国家主義の台頭に抵抗し「仏教思想の特色は国際主義的な人類解放にあり、国家主義的に仏教をとらえるのは時代錯誤」などと軍国主義および軍部におもねる仏教界への批判を強めていった。当時の本紙編集幹部はその運動に理解を示したが、昭和12年から翌年にかけて特高警察に弾圧され、伝統教団からも排除された。

妹尾は昭和17年に小菅刑務所から仮出所し、戦後36年に71歳で没するまで平和と民主主義を全国に説いて回ったという。同書の著者は「日本の社会が民衆を苦しめる方向にいつのまにか向かってきたように、仏教界は良心的な変革について何もしなかった」とし、戦後の仏教界にも警鐘を鳴らして締めくくっている。

現代に引き寄せて考えてみると新興仏青が活動した時代背景は、東日本大震災後の状況とどこか重なるところがありはしないか。先日政府から公表された指標によると、国民の約2千万人が貧困状態にあり、特に子どもの貧困率の上昇が目立つという。大震災がそれに拍車をかけている。生身の人間の救済に関わる仏教界が無関心で済むことではない。

66年目の「夏」が足早に過ぎていく中で昔、暗い世を変えようとした仏教者がいたことに思いを巡らすことも無駄ではなかろう。