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大病院に「内科」が新設された背景は

2011年11月12日付 中外日報(社説)

「来月から内科の診療を始めます。担当はA先生です」という掲示を見た。筆者が定期検査を受けている大病院である。

その病院には内科系診療の窓口として消化器内科、循環器内科、呼吸器内科などがあり、それぞれ優秀な医師が勤務している。もともと存在した内科が、専門別に細分化された体制だ。そこへ新たに「内科」を新設するとは、どういうことか。中学校で同級だった医師に聞いた。

「最近、そのような病院が増えました。有力な病院ほど、専門ごとに特化して科を設けたため、患者は何科の窓口へ診察券を出したらよいか、迷ってしまう。硬直した体制を見直すため"総合内科"的な窓口を復活させたのです。病状によって、専門の診療科へ患者を送ることになります」。つまり病院の中に、町の開業医的な窓口を作ったわけだ。

専門細分化の弊害は、病院だけではない。放射能問題でも同じである。先日の朝日新聞に「被曝、見解真っ二つ」という見出しの記事があった。

中部地方のある都市で、福島第1原発の事故による放射線の影響について、同じ日に二つの講演会が開かれた。どちらも市民団体の主催したものだ。

一方の集会で、医科大学のB教授は原発から20キロ圏内の市町村での放射線量調査の結果として「最大で7日間にたばこ5本喫煙のリスク、最低でリスクはゼロ」と述べた。これに対し別の集会では、独立行政法人の元主任研究官C氏から「低線量被ばくの影響を過小評価してはならない」との意見が示されたという。B教授は理学博士で、C氏は医学博士だ。どちらを信用したらよいのか。

理科系大学の出身で、首都圏に住むジャーナリストのD氏は「最近の学者の専門領域は、とみに狭くなっている。原発事故問題についても、あの学者の研究分野ならこんな意見が出るのは当然かもしれない、と思うことが多い」と述べている。知識の乏しい市民としては、迷惑な話である。

以前、ある住職夫人から聞いた訴えである。「檀家の人から、仏教の長所は何かと聞かれて答えられませんでした。本山から出版されている本には、開山の上人が立派な方だった、宗派で用いる経典はここが優れている、というものばかりで、仏教そのものの解説書がありません」と。何事に限らず極端な専門化、細分化で全体像を見失うことなしとしない。「総合内科」の必要性を、あらゆる分野で見直すべきではないか。