ニュース画像
落慶法要に続き、つき初めする小堀管長と見守る坂井田住職(右)
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

「までいの精神」で未来への明るい力

2011年12月6日付 中外日報(社説)

「自分を高めることが他人を高める力になることが分かった」。そう言う子供たちの目は輝いていた。東日本大震災による原発事故で、計画的避難区域に指定された福島県飯舘村。村立中学の生徒18人がドイツ各地へ研修旅行に行った、その感想・報告書が近く発行される。

全村が避難で故郷を追われる悲惨な状況で、将来の復興を担う若い力を育てようという「未来への翼」プロジェクト。その理念は「までいの精神で世界へ」だ。福島・相馬地方の方言「までい」は、丁寧に心を込めて、つつましくという意味で、いわば「エコ」「思いやり」でもある。

この夏休みの9日間、原子力から自然エネルギーに舵を切った同国のフライブルク地方などを回り、風力発電で電力を自給し税収まで得ているフライアムト村などを見学した。「飯舘でも原発に頼らないまちづくりができるかも」「モノの見方、考え方が変わった」と生徒らの反応は力強い。

高台にある村唯一の同中学の校舎に人影はなく、以前は生徒らが歓声を上げて通ったであろう正門前の舗道には、腰の高さまでの草が茂っていた。寒風の中、手元の線量計は最高で毎時3・2マイクロシーベルトを示していた。

同中をはじめ幼稚園、小学校も丸ごと隣町に避難し、間借り校舎でつらい思いをしている。出たゴミも全て村内へ搬入しなければならず、今年度巣立った生徒の卒業式はこの年末だ。

生徒らは飛行機に乗るのも初めて、引っ込み思案が多かったが、「大きく羽ばたいてくれた。未来へのエネルギーを感じる」と村の教育長は手応えを語る。

この話を伺った村役場も福島市内に避難し、市役所支所庁舎の一部を借りている。畳の部屋に板を敷き、会議机をつなげた狭い事務室で仕事をする職員たちは、だが生き生きしており、ひっきりなしにかかる避難村民からの電話に丁寧に応対し、どの来庁者にも「こんにちは」と明るく挨拶する。

自分たちが村をよみがえらせる、という気概が皆にみなぎっているようだ。「家や仕事や家族まで、多くのものを失った。そんな中でも学んで自分の身につけたものは無くならないことを悟った」。報告書にはこんな感想もある。

「これからの積み重ねです。放射線の中で生き抜く教育もせねば」という教育長の別れ際の言葉が胸に響いた。「これまでの人がこれからの人を育てるのです。これまでの人がこれからの人に迷惑をかけているこの国でこそ」