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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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大災害の苦難と日本宗教の役割

2012年1月1日付 中外日報(社説)

東日本大震災と福島原発事故による災害では、多くの人々の生命が失われただけでなく、住む土地や家屋や仕事を奪われ、長期にわたって困難な生活を続けなくてはならない被災者が多数いて、広く国民の支援が望まれる。

宗教界の支援も望まれるが、どれほどの力を発揮できているだろうか。宗教と人助けはごく自然に結び付くものだが、苦しんでいる人々へ手を差し伸べる活動は、結果的に宗教に対する社会の信頼感を高めることにもなるだろう。

地震と津波と原発事故の3重の災害といわれる今度の災害では、平成7年の阪神・淡路大震災の時と比べると宗教の役割が目に見える機会が多かった。

例えば、津波で自宅を失った被災者が数百人単位で寺院に避難する例が見られた。また、津波後にまだ死者が見いだされていない荒涼たる沿岸地帯で僧侶が読経する姿や、復興を目指す人々を励ます神事芸能が尊ばれる姿が映し出されたりもした。

メディアにおいて宗教界が一定の注目を集めているのは事実だろう。そしてそれは特定宗教、特定宗派の活動としてではなく、被災者のニーズに即した宗教界の支援が全体として注目されていることを示している。

人々の目が宗教に向かっているのは、今度の災害を通して国民が人間の力の限界の意識を強め、宗教的な価値が欠くべからざるものであることを再認識したという理由も関わっているだろう。多くの国民が物質的な富を増やし便利な生活をもたらしてきた科学技術文明の恩恵を自覚しながらも、科学技術文明に頼り過ぎてきたことに何か浅はかなものがあった、足りないものがあったと感じているようだ。

12月1日に全日本仏教会が提示した宣言文「原子力発電によらない生き方を求めて」は、このような人々の心の動きに応じたもので、日本の社会において宗教が果たす役割という点で大きな歴史的意義を持つものだった。一般社会の反響も大きい。それは、この宣言文が過去のあり方を反省し、進むべき新たな方向を求めている多くの日本人の探求心、求道心に応えようとする姿勢を示すものだったからだろう。

今年の日本の宗教界は、苦難に向き合う日本の社会に対してそれに寄り添い地域住民のニーズに沿って支援していくとともに、多くの国民と共にこれからの日本社会のあり方を探り方向性を指し示そうとする姿勢をさらに力強く打ち出していってほしいものだ。