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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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「決して見放さない」被災地のメッセージ

2012年1月14日付 中外日報(社説)

17年目の「1・17」が巡る。東日本大震災と福島第1原発の事故で被災した福島県から、真言宗智山派の智山青年会のメンバーが当日、神戸での阪神・淡路大震災の慰霊行事に参加し、「希望の灯り」の分灯を受けて、同県いわき市まで約800キロを徒歩行脚する。

阪神の各被災地からの復興への願いを集めたその火は、「3・11」一周忌法要でともされて地元に勇気を届けるだろうし、人々の「いのちへの思い」の炎が、人類が禁断の域から奪った「原子の火」の暴虐と罪とを告発する重いメッセージともなるだろう。

この正月に東北の被災地から頂いた年賀状にも、希望のメッセージがこもっていた。以前にこの欄でボランティアに伺ったことを紹介した宮城の陶芸家夫妻からは、丁寧な謝辞と共に、「厳しい冬を耐え忍ぶときこそ東北魂のみせどころ そしてこれから春を迎えます 少し時間がかかるかもしれませんが それはそれは瑞々しい春です」と。

数多くの犠牲者を弔い住民らに伴走し続けた岩手の住職からは、「困難が山ほどありますが、ご支援を糧に『今をしっかり生きる』を肝に銘じ 被災者に寄り添いながら精進します」との力強い一文と、「私たちを大切に思って下さる皆様の安らかならんことを」と相思いやる言葉が届いた。

被災地ではなお支援が絶対的に不足しているにもかかわらず、例えばボランティアの激減など、影が差し始めている。経済的援助だけでなく、例えば「決して見放さない」といった人と人とのつながりがより重要になっている。

全国規模で野宿者支援をし、被災地への強力なサポートを続ける牧師は、宮城の小集落の住民が被災直後に救援物資に添えられて来た「いつかきっと笑うことができる時が来ます」と励ます絵手紙に「私たちは全てを失ったが、これで生き続けられた」と語るのを聞き、見ず知らずの人からのメッセージの力を悟った。

と同時に、そのような絆が危機を迎える社会で、一方通行ではなく相互の支え、思いやりこそが重要なことを。その相互性は、生と死のはざまで生きる者同士の、時には傷つくことも含み、それを超えていく人間関係。依存ではなく、自立があっての絆だという。

岩手の住職の年賀状には法句経の言葉が添えられていた。ブッダの昔から人間は共々に、「苦」の中で生きてきたのだ。「生と滅とをみることもなく百年生きながらえるより 生と滅とを見通して一日生きる方がまさる」