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男性中心の社会では暴力をなくせない?

2012年1月26日付 中外日報(社説)

昨年、テレビ画面を飾ったのは「うんざりするほど男の顔ばかりだった」と、辛口の批評が売りの女性評論家が某マスコミ専門誌1月号にコラムを寄せている。「東京電力の男、保安院の男、原子力専門家の男、政治家の男、経済界の男(略)男、男と続く」と。

なでしこジャパンの例はある。ただ、コラムの趣旨は男女共同参画といいながら、今も実態は男性中心社会。そこでは男のエゴと暴力がまかり通るというものだ。

フェミニズムの立場からの言説は多彩で、女性の被害者的立場を強調するあまりバランスを欠く印象の主張もなくはない。しかし、日々の出来事を見ていると、やはり男性の側に分が悪そうだ。

先日、イタリアの巨大客船が座礁・転覆、多数の犠牲者が出た。男の船長は乗客を放り出して船を離れ、パニック状態の船内では分別盛りの男たちが婦女子を押しのけ避難はしごに殺到、制止する若者とつかみ合っていたという。

この事故ではタイタニック号沈没事故の犠牲者の親類が救出されたことが話題になった。ちょうど100年前の1912年に起こった当時世界最大の豪華客船タイタニック号の惨劇は、不沈船という「安全神話」におごり、流氷があるという警告を軽視して減速もせず夜間航行し、救助の要請も遅れたなど数々の失敗を重ねた。現代なら「科学技術への過信」と非難を浴びせられることだろう。

コラムに戻ると、やり玉に挙がった男たちの多くが原発事故に関係する。事故後マスコミに登場した専門家はほぼ例外なく男性だったと、言われてみて気が付いた。原子力という科学技術の最先端の分野は男が仕切るということなのか。ともあれ彼ら専門家の技術への過信が破滅的な暴力を生んだ事実は否定のしようがない。その責任の取り方も今のところ明確ではない。原発事故は、男性が切り回す社会に潜む暴力性と無責任さとを象徴しているかのようだ。昨年のノーベル平和賞を3人の女性が受賞したことも、そうした視点で考える必要を感じさせる。

宗教界も無縁な話ではなさそうだ。男性中心の多くの普遍宗教教団の女性差別を暴力と捉え、宗教フェミニズムの立場で女性の人権と宗教性の見直しを主張する運動が古くからあると聞く。仏教界でも「ジェンダーイコール」を訴え、釈尊の教えの原点に立ち返って現代仏教を問い直す書籍の出版が続いているようだが、そのこと自体、教団の改革の遅れを表していまいか。時代の大きな潮流を見据えた取り組みを求めたい。