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高齢者の和顔愛語は時代を生きる術か?

2012年2月18日付 中外日報(社説)

誰にでもできる社会貢献の一つという「和顔愛語」は、民間の国際交流の場などではなじみの光景なのだが、日常は実践がなかなか難しい。世の中がどんどん住みにくくなり、日々の新聞紙面にもつい渋面をつくっていることが少なくない。自戒していると「これからのお年寄りに求められる資質は愛きょうだ」という言説に出くわした。人口減少社会での生産性向上に、高齢者の後進への「柔和な」指導力に期待するという趣意だ。一見もっともなようだが、いささか違和感がある。

かつて日本の経済成長を支えた高齢者は「和顔愛語」で遇されていただろうか。

厚生労働省の研究機関によると日本の人口は50年後に今の3分の2に減り、高齢者1人を現役世代1.3人で支える「肩車型」社会になるという。もとより現行の社会保障制度の維持は困難で、とりわけ働く世代の保険料でお年寄りへの給付を賄う年金制度は破たんを免れない。そんな論調が先日の新聞紙面にあふれた。同様の報道は以前から続いており、後輩たちから「年金食い逃げ世代」とやゆされている筆者らの年代層はますます肩身が狭い。

前記の言説は某全国紙で見掛けた。多くの企業は定年後の再雇用制度を導入しているが、技術革新は日進月歩。お年寄りの持つノウハウはすぐ役立たなくなる。だから高齢者は、言いたいこともいったんのみ込むなど現役に嫌われないように心掛け、職場の「潤滑油」の役割を担う。同時に自己の能力に磨きをかけ続ければ、日本の活力向上につながるはず――要約すると、そういう主張だ。

指摘のように、少子化社会を生きる高齢者が意識変革を迫られていることは言われるまでもない。若年層が選挙で投票に行かないため、今の社会保障制度が高齢者に厚く、子育て支援が遅れていることも否めない事実である。だが、筆者には、昨今の論調は未来社会への悲観論に傾き、高齢者をお荷物扱いする響きが潜んでいるように思えてならない。フランスでは政策効果もあり、出生率が人口維持の目安となる「2」を超えているという。日本では、もっとプラス思考で社会改革を訴える主張が乏しいのではないか。経済大国への原動力となった高齢者層を使い捨てにするのでは、世代間の対立を招くだけだろう。

人は子どもを育て上げると、自由に生きる「林住期」を経て静謐な死を待つ「遊行期」に向かう。ヒンズーの四住期の思想を思い浮かべておきたい。