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お接待の缶コーヒー 今も開けないで保存

2012年6月7日付 中外日報(社説)

「四国八十八カ所の遍路で、長年の腰痛と決別することができました」と語るのは、読売テレビの元制作局次長、有川寛氏(73)である。在職中「お笑いネットワーク」を手掛け、退社後は大阪府立上方演芸資料館(ワッハ上方)館長を務めた。腰痛に悩まされたのは40代半ばから。半端な痛みではない。「テレビの現場では、ストレスや深夜勤務続きのためか、腰痛持ちがたくさんいます」

"歩き"で四国遍路を志したのは、読売テレビ退社翌年の2000(平成12)年だった。顔なじみの料亭のおかみが第37番・岩本寺のある高知県四万十町の出身で、熱心に勧めてくれた。

61歳の誕生日の3月13日に徳島県鳴門市の第1番・霊山寺を出発するため、前日、兵庫県芦屋市の自宅にタクシーを呼んだが、痛みで足がステップにも上がらない。「中止したら?」と夫人。

さて、霊山寺には"歩き"に必要な用具を売る店がある。有川氏は最低限度の3点セットの笠、頭陀袋、金剛杖と、納経帳だけを買った。「般若心経は唱えたことがない」と言うと、店番の青年の答えは「合掌して、口の中で数字を唱えなさい」だった。しかしそれでは弘法大師に申し訳がない。2日目、第10番・切幡寺の売店で心経の冊子を求めた。

"遍路返し"で有名な第12番・焼山寺への急坂は、這うようにして上った。第19番・立江寺近くの遍路宿では、痛みがきつくて2階へも上がれない。宿のおばあさんに「2、3日滞在してもよいか」と尋ねると「大丈夫。明日になったら歩ける」と笑った。一夜明けると足が動く。高知市の第31番・竹林寺に着くころには、腰痛は消えていた。

なぜ消えたのか。金剛杖を突くと姿勢がよくなり、靴の底が均等にすり減る。急坂では息が切れるが、普段とは違う呼吸がよい刺激になる。それに札所にはそれぞれ独特の雰囲気がある。「次の札所ではどんな空気が吸えるかと考えると、足取りが軽くなります」と有川氏。"順打ち"を終えた時、料亭のおかみは「お大師さんのおかげよ」と祝福してくれた。その後、お礼参りを2度。

四国を歩いて感じたのは、貧しいと思われる地方ほど人情が厚いということ。お接待には土地柄の差を感じた。にわか雨でずぶぬれになった時、温かい缶コーヒーをカイロ代わりにしなさいと言って渡してくれた人がいた。お四国ならでは味わえない感動と言えよう。有川氏はその缶コーヒーを、今も開けないで保存している。