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戦争絶滅受け合い法案というのがあった

2012年6月26日付 中外日報(社説)

戦争になったら、為政者を一番に兵卒として最前線に送り込む法律をつくろうという言説が昭和初期の論壇に登場した。世界各国で法制化されれば、どの国の政治家もわが身大事で戦争行為には出られまい、という理屈である。「戦争絶滅受け合い法案」と呼んだ。荒唐無稽なようだが、国を動かす権力者の無責任な行為で犠牲になるのは、名もなき人々であるという痛烈な皮肉が込められていた。これは過去のことでも、また戦争に限ったことでもない。今の世にも通じる話である。

法案は大正デモクラシーを代表する論客の一人、長谷川如是閑が昭和4年に雑誌『我等』で提案した。デンマークのフリッツ・ホルム陸軍大将の所説を紹介したとされるが、長谷川の創作説もあり詳細は明らかでない。戦争が開始されたら10時間以内に国家元首・大統領、その男性親族、総理大臣……と、開戦に関わった者を戦場へ送り敵の砲火の下で従軍させるという内容である。今の日本だと首相と閣僚、中央省庁の次官、国会議員(いずれも男性)らが真っ先に最前線で戦う構図になる。

昭和4年は世界大恐慌が始まった年で、2年後に満州事変が起こった。長谷川は大阪朝日新聞の記者当時の大正7年、米騒動で寺内正毅内閣を激しく非難して「白虹事件」という筆禍事件に発展し退社。その後『我等』を創刊するなど国家主義への抵抗を続けた。

法案は、もとより現実味があったわけではなかった。だが、それでも今、筆者はその発想に新鮮さを感じる。国の政治に関与する人間の責任感の欠けた行為を日々、見せつけられているからだろう。

例えば最近、先の大戦の戦争責任と原発がよく対比される。

福島第1原発事故の被災地では希望を失った避難者の自殺が相次いでいるという。何万人もの未帰還者の困難な状況は本紙連載の「いのち寄り添う」でも詳しく報じている。しかし、いわゆる「原子力ムラ」の誰かが事故の責任を取ったという話を依然として耳にしない。それどころかいつの間にか「安全神話」を復活させ、福井・大飯原発の再稼働を決めた。他の原発も同様の動きが始まっているそうだ。この国では責任を取る文化が未成熟だから、こういうことが繰り返されるのだろう。

ところで先の法案は、戦争に公然と反対しなかった宗教者も国会議員に続き戦場に送ることにしていた。理由は詳らかでない。権力から遠く離れた力のない人々を宗教者は裏切ってはいけないと考えていたのかもしれない。