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オウム事件検証で欠落しているもの

2012年6月30日付 中外日報(社説)

オウム真理教の元信者で指名手配されていた3人が、今年になって相次いで逮捕された。そうした中で、17年前の事件をあらためて振り返る、というスタンスの報道も若干増えてきた。特にNHKが5月下旬に2日にわたって放映したオウム真理教についての番組は、かなり注目を浴びた。元信者への聞き取りなどをもとに、当時の再現映像まで作成されていた。

再現映像という民報のワイドショーなどでよく用いられる手法を取り入れたことには賛否があるようだ。ただ、これでオウム真理教事件についてほとんど知らないという世代への関心をいささか高めたのは確かである。

オウム真理教事件をマスメディアが特集する場合には、たいていこのような事件を繰り返さないようにとか、真相を解明するため、というような目的を掲げてなされることが多い。だが、実際の扱いにはその真意に疑問を感じさせるようなものもある。

NHKの番組にも決定的に欠けていたものがある。それは事件前のオウム真理教についてのマスコミ報道、とりわけテレビ局の報道姿勢に対する反省である。自分たちの報道が、オウム真理教の社会への関わりにどのような影響を与えたのかは、マスコミ自身こそ反省すべき重要な点の一つである。

昨年7月に宗教情報リサーチセンターから刊行された『情報時代のオウム真理教』を読むと、サリン事件が起こる前のマスコミ報道の中には、相当杜撰なものがあったことがよく分かる。テレビ局の中には、オウム真理教側に利用されたとしか言いようのない番組もあった。

こうした側面はほとんど取り上げられない。自分たちに都合の悪いことは触れないという姿勢では、なぜあのような事件が起こったかの解明が不十分になる。

「カルト問題」と呼ばれているものの展開は、マスコミ報道と大きな関わりを持っている。これはオウム真理教だけにとどまらない。事件があった時だけ集中的に報道し、しかも他に追随するだけで、独自の取材はほとんど行わない。いわゆるメディア・スクラムが繰り返されている。

このことを真剣に問い直すことなしに、マスメディアがオウム真理教事件から教訓を得るなどと言っても、何か虚しく響くだけである。事柄の本質は何かを取材によって突き止め、大事な問題であるなら、事件が起きた時だけでなく、継続的に取材していくという態度が求められる。ぜひ関係者は意識を変えてほしい。