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「人間の安全保障」を脅かす原発への依存

2012年8月23日付 中外日報(社説)

国際協力の分野で「人間の安全保障」という概念がある。民族や人種、性別などに関係なく人権の尊重と保護、自己開発への支援を説くが、基底には地球上の一人一人の平穏な生活が保障されていないと、国の安全も世界の平和も脅かされるという思想がある。日本政府は先年、開発途上国に対するODA(政府開発援助)政策にその概念を導入したという。

ところが逆説的だが、東日本大震災と原発事故で「人間の安全保障」は、むしろ日本国内で深刻な課題であることを思い知った。灯台下暗しどころの話ではない。

「人間の安全保障」は前世紀末に国連開発計画(UNDP)が提唱し、平成13年に日本が音頭を取る形で「人間の安全保障委員会」が創設され、緒方貞子・国連難民高等弁務官(当時)が共同議長に就任。2年後に最終報告書としてその内容が示された。冒頭触れた部分を補う形で要約すると、人々が紛争や災害・環境破壊などさまざまな恐怖や貧困から解放され、安心して暮らせる社会を自らの力で築ける世界を目指す、ということである。争いの絶えない国家の枠を超え、人々の安全を守ることを国際社会の普遍的な目標に掲げた意義は小さくない。

だが、日本では開発途上国援助の在り方を方向付けるものと狭く理解され、一般的にはあまり関心を持たれてこなかった。そればかりか福井県の大飯原発を今夏、野田政権が「国民生活を守るため」という理屈で再稼働させたことで「人間の安全保障」の理念はすっかり色あせてしまった。

福島県では、今も避難者が16万人にも上る(福島県庁のHPから)。放射能汚染で11市町村に及ぶ広大なエリアに避難区域が設定され、うち7市町村2万数千人もの人々は5年以上の長期にわたり帰還が困難という。低線量とはいえ被ばくによる将来の健康不安におびえる人々は数知れなかろう。

国と電力業界は史上まれに見る悲惨を招きながら、その原因究明も責任の追及も、事後の対応も不十分なまま早くに描いた筋書き通り大飯原発を再稼働させた。同原発敷地直下の断層が活断層かどうかの調査結果も待たない性急さである。電力の需給逼迫懸念を理由にしたが、より大きな要因は電力業界や企業の採算性であろう。

原発「安全神話」にだまされてなお原発に依存する。どこかで先の大戦の悲劇に至った歴史と重なり合う。そんな国が他国の人々の安全を保障できるものだろうか。「非核」を考える夏の終わりに重い宿題を背負った気分である。