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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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文化財にも必要な地域の防災の発想

2012年9月1日付 中外日報(社説)

今日は防災の日である。大正12年9月1日に発生した関東大震災にちなみ、この日を中心に防災思想の普及、防火訓練などを実施するとして、昭和35年に記念日が制定された。

8月29日には中央防災会議などによる南海トラフ巨大地震の被害予想が公表され衝撃を与えたが、東日本大震災では、適切な対応でいのちが守られた例があり、日常の心構えの大切さを教えられた。被災地では未来の希望につながるような人と人の絆が広がり、震災の経験によって新たな社会的価値が多くの人々に共有される可能性も見えてきた。

宗教者や寺、神社などの宗教施設も被災者支援や地域復興の活動で大きな役割を果たしている。島薗進・東京大教授は「公共空間の中に宗教が現れてきた」と表現したが、マスメディアでもそれがしばしば紹介されるようになったのは、社会の変化の兆しかもしれない。「災害と宗教」は災因論・天災論のレベルでなく、具体的な実践活動の問題として強く意識されるべきだし、社会からもさらに注目されてゆくことになるだろう。

ところで、京都・東山の清水寺境内には1500トンの水をためる地下耐震性貯水槽がある。2年前に完成した。これより先に高台寺の防災公園地下に同規模の貯水槽が国と京都市の予算で設置されており2カ所目だが、清水寺が無償で用地を提供したという。寺だけではない。地域全体の防災という考えが根底にある。

中央防災会議の「東南海、南海地震等に関する専門調査会」で座長を務めた土岐憲三・立命館大教授は京都の近くで内陸地震が発生したとき、最も警戒すべきは火災であると語る。道路が寸断されるような状況で同時多発的に火事が起きれば、消防車両は対応できない。市街地にある寺院の文化財なども一挙に失われる危険がある。

京都などは特に文化財防災と都市防災が密接に関わっている。寺社も大災害の対応を伽藍単体だけで考えるわけにはいかない。地域全体の防災の発想が必要なのだ。災害発生後の住民避難者受け入れなど、災害発生後の役割も想定しておく必要があることは言うまでもない。

ちなみに、文化財防災に関して行政の防災施設整備の補助金は指定物件だけが対象になるが、例えば多くの塔頭を擁する五山寺院のような所では指定物件だけに補助金を出して整備しても防災上効果的とは言えない。補助金を出す側も発想の転換が必要だということを、最後に言い添えておきたい。