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政治家に期待する政策上での"達筆"

2012年9月29日付 中外日報(社説)

民主党代表選に続き自民党の総裁選が行われ、安倍晋三氏が当選した。次の首相の座に最も近い人物を選ぶものとして注目された。

野党時代を取り仕切った谷垣禎一氏は、党内の支持者が少なく、出馬を断念した。進退を決断する過程で、易経の一節「憧憧往来、朋従爾思」=うろうろするな、の意味=を側近に示したという。中国の古典に託しての心境表明は、久しぶりのことである。

出処進退の決意表明に当たり四書五経を引用した例としては、1993(平成5)年8月、宮沢喜一首相が退陣するに際して示した論語の一節の「知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼れず」が印象に残っている。明治以後の政治家たちの心を支えたバックボーンは、長きにわたって中国の儒教精神であった。

この時に宮沢氏は、唐の詩人・王昌齢の詩の一節も引用したと伝えられる。王昌齢は官僚であったが、辺境の江南・江寧県に左遷されていた。訪れた友人に示した七言絶句の最後の行が「一片の氷心玉壺に在り」だった。

一海知義氏の解説によると「逆境にあっても、くさってなんかいない。一片の氷のように澄みきった心が玉の壺に盛られている。それが今の心境だ=要旨」という。論語よりもこの詩が、当時の宮沢氏にふさわしい。

戦前の中学校では、漢文をみっちり教えたから、中国の古典に親しむ教養人が多かった。宮沢氏以後の政治家は、漢文をほとんど教えない戦後教育を受けた世代であり、四書五経を話題にすることが極めてまれである。それだけに、谷垣氏が易経の一節を引用したことには感銘を覚えた。

あるテレビ局が、自民党総裁の座を争う5氏を集めて、信条を聞いた。5氏はそれぞれ、答えを色紙にフェルトペンで書く。失礼ながらその字体が、達筆とはいえない人もいた。平素、ほとんど文字を書かないからだろうか。中には誤字を書いた人も……。

岸信介・元首相の墨跡に心酔する宮沢氏に、A元首相やB元首相の書について問うた人がいた。答えは「あれが字というものですかねえ」だったとか。泉下の宮沢氏が5候補のテレビ番組を見たら、どう言うだろうか。

もちろん今後の政治は、四書五経の語句や筆跡の良しあしだけで進められるものではない。全ての政治家が政策上の"達筆"ぶりを示すことを期待しよう。

そのバックボーンには、儒教だけでなく、諸宗教の教典が説く平和の精神を刻んでほしい。