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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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政治家任せではなく積極的な社会参画を

2012年12月4日付 中外日報(社説)

衆議院総選挙が本日公示され、選挙戦の火ぶたが切って落とされた。今回は民主、自民・公明の与野党対決に加え、新党の結成や合従連衡を繰り返す第三極の動きも見逃せない。取り組むべき課題も、TPP参加の是非や原発存続問題、消費税や年金問題、外交・安全保障など満載だ。国政の行方はまさに混沌とした状況である。

翻って宗教界を見ると、教団として特定政党を支持したり、特定政治家を推薦しているところがある。政党や政治家もそうした組織票を期待している。だが、今のような時代だからこそ、宗教者一人一人が政治の動向をしっかりと自分の目で見据え、確固たる見識をもって一票を投じるべきではないだろうか。

有権者の大半は給与所得者層だ。不況の中、ワークシェアリング(仕事の分かち合い)という考え方が欧米から導入された。しかし、経済界主導により日本型ワークシェアリングとして都合よく換骨奪胎され、結果として正社員と非正社員の間を分断し、後者を「雇用の調整弁」として解雇しやすい仕組みにしてしまった。

公務員制度改革も焦点の一つになるだろうが、人々のルサンチマンに訴え掛け、国民同士を反目させるようなやり方は避けてほしい。実際には「官民格差」よりも「民民格差」の方が、はるかに大きいのである。億単位でもうける一握りの事業主がいる一方で、働いても働いても日々の暮らしが精いっぱいのワーキングプアも増えている。結婚したくてもできない、子供を産みたくても産めない状況である。正社員ですらもはや安泰ではない。給与は上がらず、過酷な労働に耐え、中高年層の自殺も一向に減ることはない。

社会的弱者をこれ以上いじめたり、新たにつくり出すような政治だけは終わりにしたいものだ。政治家の基本姿勢の内に、国民生活を全体として底上げしていこうとする強い意欲があるかどうか、見極めていくことが不可欠である。そしてわれわれ国民の側も、政治家に任せきりにしてはいけない。むしろ彼らを巻き込んで、われわれ自身が市民の立場でどれだけ広く助け合いの仕組みをつくっていけるかが問われてくるのだ。

政治には、地に足が着いた現実感覚とともに、高い志を持つ理想主義もまた大切である。宗教者にも、そのような理想主義を体現する一市民として、より積極的な社会参画の姿勢が求められよう。それが深い次元において、この国の政治を動かす大きな力になることを期待したい。