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軍備は独り歩きするものである

2013年2月14日付 中外日報(社説)

ハンガリー生まれのユダヤ人科学者レオ・シラードは、核分裂が連鎖反応を起こすと知り、ルーズベルト大統領に原子爆弾開発を強く主張した。それはヒトラーに原爆を使わせないため、先に米国が原爆を持たねばならないとの信念による。だからドイツ降伏後も米国が原爆実用化を進めた時、彼は一転して爆発実験も日本への投下にも反対した。しかし、その努力は一顧だにされなかった――。

NHK取材班『あの時、世界は…磯村尚徳・戦後史の旅〈Ⅰ〉』(日本放送出版協会刊)は、科学者の人間的側面から原爆開発史の一断面を掘り下げた取材記録である。昭和53年に出版された。

米国が原爆開発の「マンハッタン計画」を本格化させたのは1942年だが、その3年前、ルーズベルト大統領に届いたアインシュタイン博士署名の手紙がきっかけになった。手紙はドイツの原爆開発の可能性に触れており、後に博士が署名したことを悔やんだ話は有名だ。NHK取材班は、この手紙を書いた人物がシラードであることを突き止めた。ドイツの原爆開発を予期するシラードは、実験で連鎖反応の可能性を実証した際に「全世界が悲哀に向けて動いている」と述懐したそうだ。

米国の原爆開発を急き立てた彼は軍指揮の「マンハッタン計画」に参加したが、ドイツの危険が去ると原爆開発の大義を失った。そのため計画の「凍結」に転じ、大統領への直訴を試みる。開発に関わる科学者らには日本への原爆投下に反対する大統領宛て請願書への署名を求めたりもしたが、既定路線をひた走る国策の前にはむしろ厄介者扱いされ、もういささかの影響力も持ち得なかった。

究極の軍備である「核」に寄せる国家の飽くなき欲望は目的を超え、理性を置き去りにして独り歩きする。ナチ対策としてのシラードの「核抑止力」論は国際政治の非情なパワーゲームの渦中でいとも簡単に葬り去られたわけだ。

このエピソードを今、振り返ってみたのは東日本大震災以降、日本の一部政治家やメディアの間で「核の潜在的抑止力」維持のため原発存続を主張する言説が聞かれ始めているからに他ならない。その意図は不明だが、将来の核武装を想定しているなら時代錯誤も甚だしいといわざるを得ない。

シラードは日本への原爆投下をやめるよう訴える請願書に「ここで原子爆弾を使えば自らの手で、世界をさらに残忍の長い道へ追い立てる」と記していた。その後の世界は、一貫して彼の予言を裏付けてきたように思われる。