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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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「がんばっぺし!」故郷への思いが力に

2013年5月7日付 中外日報(社説)

「これ見て下さい。涙が出ちゃうけど」。東日本大震災の被災地岩手県大槌町の住職から、そう言って手渡された写真集は『がんばっぺし大槌』という表題だった。

津波でめちゃめちゃに破壊された建物の屋上に遊覧船が乗り上げ、周囲は瓦礫と車の残骸の山という衝撃的な写真が表紙。押し寄せる津波に街がのみ込まれる様子、湖のようになった市街地のあちこちの家から火の手が上がる地獄の有り様。そして文字通り壊滅した町内の、見渡す限りの廃虚、大火災の熱で溶けた信号、黒焦げになった小学校。143ページの全部を埋め尽くす膨大な数の写真は、これでもかと災禍を伝える。

手に取った人はいろんな見方をすると思われる。「怖い」「すごい」、そして「お気の毒に」と感じるのは被災地から離れている人々だろう。実際に現地を知る人々や被災者は「もういい。辛くて見られない」と言うかもしれない。

この作品は、同町でスナックを経営していたアマチュア写真家の伊藤陽子さんが震災直後から翌年2月末までに町内各地で撮影したものだ。たまたま町外へ出ていて命は助かったが、店も自宅も失い、残ったのは車だけ。積んでいたデジタルカメラと携帯電話で夢中で写真を撮ったのは、行方不明の兄2人を捜して歩き回り、自分の記録にするためだった。

その後2人は遺体で見つかり、悲嘆に暮れた病弱の母も後を追うように亡くなった。撮影を続けるうち、直後は混乱の中で何も覚えていないという住民が多いのが分かったことから自費出版した。

すさまじいカットの数々は一見、配置も編集デザインも素人っぽく、衝撃とボリュームばかりが印象に残るようだ。しかし何度か見ていると、各町内ごとにまとめられた写真には、顔を覆って立ち尽くす住民もおれば、苦難の中にも元気な子供もいる。あの町、この角のなじみの食堂、商店、郵便局、医院などが細かく記録されていることに気付く。震災前の街並みや「ひょうたん島」も。

そうだ、これは地元の人々には「被災地」というより名前の付いた故郷の地の記録なのだと思い当たる。そして卒業アルバムのように遠い将来、復興を果たし「こんな時もあったんだ」と言える日が来ることを願わざるを得ない。

写真集をくれた住職は自坊が全壊し、津波に流された父と長男が2年以上たっても行方不明。だが何とか前を向き寺を再建しようとしている。それを支えるのは、以前からあった檀家とのつながり、故郷への思いだ。がんばっぺし。