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釈尊をテーマにした敦煌出土手習い手本

2013年6月25日付 中外日報(社説)

昔、中国の幼童の手習いのお手本に「上大人」と呼ばれるものがあった。「上大人、丘乙己」と始まる文章が朱書きされ、それらの文字を墨でなぞるのである。魯迅の小説の『孔乙己』は、清朝末期の知識人のなれの果ての姿を描いたものだが、清代の「上大人」では、第二句が「孔乙己」と書かれる習わしであり(丘は孔子の諱)、小説の主人公・孔乙己は姓が「孔」であるために、そのように綽名されたのである。

現在は大英図書館に所蔵され「ローマのヴァチカン図書館にある中国の言葉のアルファベット」との説明が付されているテキストは、「上大人」の一字一字にアルファベット表記が添えられている。16世紀の半ばに中国を訪れたポルトガル人によってローマにもたらされたものだという(高田時雄「『西儒耳目資』以前」)。

ところで敦煌発見の9~10世紀の写本には、「上大人」と一続きに書写され、「牛羊千口、舎宅不受、甲子乙丑、大王下首、之乎者也」を文句とするものが少なからず存在する。

「上大人」は「上大人、丘乙己」と始まり、「化三千、七十二」と続くのだから、3千人の弟子を教化し、中でも優秀な弟子は72人を数えたと伝えられる孔子をテーマとしたものであろうとの見当がつく。では「牛羊千口」のテーマは何なのか。

最近一読した海野洋平氏の「敦煌童蒙教材「牛羊千口」校釈―蒙書「上大人」の姉妹篇―」(『一関工業高専研究紀要』47号)は極めて説得的である。海野氏はあまたの敦煌写本を精査の上、「牛羊千口」のテーマはシッダールタ、すなわち釈迦だとしているのだ。

海野氏は「牛羊千口」の文句を「牛羊千口あるも、舎宅は受けず、甲子乙丑ののち、大王すら首を下る、之乎者也」と訓読し、次のような意味だと解釈する。

「悉達(シッダールタ)太子は、牛羊を無数に所有する王家の身分に生まれながら、邸宅などを打ち捨てて出家し、やがて悟りを開いて仏陀となると、大王までもが稽首参問するほどであった、というナリケリ」。結びの「之乎者也」が「ナリケリ」と解釈されているのは、それらの4文字がいずれも語調を整えるだけで意味のない助辞だからである。

孔子を題材とする「上大人」。それとお釈迦さんを題材とする「牛羊千口」。そうであるならば、両者は見事な対照をなす。海野氏の論文は、「牛羊千口」のテーマとその意味について先人未発の見解を提示して余蘊がない。