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ネットワークする宗教研究の最前線

2013年10月1日付 中外日報(社説)

東京・國學院大で9月6~8日に第72回日本宗教学会学術大会が開催された。例年初日にはシンポジウムが開催されるが、今年は3人の講師による講演会だった。テーマは「ネットワークする宗教研究」で比較神話学、進化生物学、キリスト教神学の専門家という、やや異色の取り合わせである。

宗教の研究視点は、このところ世界的には非常に多様化している。新しい視点はむしろ宗教研究者以外から出されているような傾向も見られる。宗教現象そのもの、あるいは人間にとっての宗教は何かといった大きな問題を、認知科学、生物学、脳神経科学など、一見宗教研究とは遠い分野にあるような研究者が、積極的に論じるようになってきている。

こうした動向は早晩日本にも及ぶと予想される。おそらくはそうした流れを意識しての講演会であったと思われる。実際、論じられた内容は、いずれも人間と宗教との関わりを極めて幅広い視野から見ようとするものであり、聴衆もかなり刺激を受けたようだ。

比較神話学は文字の出現以前の、現生人類がアフリカを出た時期からの神話の展開に目を向けるようになっている。幅広い情報の収集とさまざまなシミュレーションが可能になってきた時代を背景としている。

進化生物学は、人間が宗教というものを持つようになったプロセスを、大脳皮質を大きく発達させた人間の特有の思考と関連付けながら考えていく。死後の世界、神の観念といった、宗教研究者がしばしばその存在を当然のように見なすことに対しても、当然視をいったん捨て、あらためて考えようとしている。

思想研究者、神学研究者の中にも、こうした新たな学問の展開に目を向け、どのような応答が可能かを模索する動きが兆している。いたずらに忌避したり、無視したりしても、研究の向上には資することがない。

欧米の一部の国では宗教に対して容赦ない批判を加える科学者たちと、原理主義的な信仰を持つ人たちの間で、激しい応酬がなされている。幸いにも日本ではそのような傾向はあまり見られない。

認知科学や脳神経科学などは、宗教研究に限らず、人文科学と位置付けられてきたような研究分野にさまざまな刺激を与えているのは紛れもないことである。それが人間理解にどのような新しい展開をもたらすのか。宗教研究の今後にとっては、実はかなりスリリングな事態が待ち受けていると言っていいだろう。