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移植法改正から3年 死生観は深まったか

2013年10月24日付 中外日報(社説)

改正臓器移植法の施行から3年余りが過ぎた。昨今は脳死臓器移植をめぐる報道もあまり目立たず、日常の医療として定着しつつあるように見えるが、法制定時に議論された日本人の死生観は深まったのか、改めて問い直したい。

平成9年の旧法施行以降、脳死下での臓器提供は237件(9月25日現在)。法改正で本人の意思が不明でも家族の承諾だけで臓器提供が可能となり、改正法の施行後から数えると151件と大きく増えた。

一方、改正法で可能となった15歳未満の小児からの臓器提供は3件と進んでおらず、9月の日本移植学会の総会では課題の一つとして挙げられた。小児の場合は、脳死の直接の原因でなくても、日常的に虐待を受けていた子どもからの提供は認められていない。虐待の有無は判定が難しく、医療機関でなく第三者委員会が判断するなど虐待除外の手続きを見直す動きが進んでいる。

脳死臓器移植をめぐる議論は、宗教界でもあまり聞かれなくなった。脳死臓器移植に反対してきた宗教者の一人は、「宗教者との対話では『脳死は人の死ではない』ことは理解してもらえても、臓器移植については反対できないという人が多い」と語る。一般でも同じように考える人は多いのではないか。

改正法では本人に拒否の意思がなければ、家族が脳死の判定や臓器提供の可否を決める。15歳未満の子どもの場合は事実上、親や親族の決定に委ねられるとみられるが、脳死というわが子の突然の事態を前に提供の決断を迫られる心理的負担は想像に難くない。

臓器移植法の制定後、脳死を人の死とする考えが日本人に浸透したとはいえないだろう。今も多くの人は自らの脳死を想定することなく、家族の脳死に直面しても事態を受け入れるのに時間を要するはずだ。

改正法は「脳死は人の死」との考え方に立つ。ただ「脳死は一律に人の死」だとは定めず、臓器移植の場合にのみ脳死を人の死とする旧法の考え方を受け継いでいる。こうした考え方は世界ではあまり例がなく、本人が拒否していなければ家族の意思も問わずに臓器提供されるとする国もある。

現状では家族承諾の撤廃まで求める声は強くはないが、昨年から「尊厳死」法制化の動きが活発化するなど、死生観の問われる課題は絶えず突き付けられている。人の死、命の終わりをどう考えるのか。宗教者の議論が社会をリードすることを期待したい。