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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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東北で温かい言葉に感動した土木技術者

2013年10月31日付 中外日報(社説)

「東北の人々から温かい言葉を受けました」。東日本大震災の復旧工事に従事した、西日本の土木工事会社の技術者の報告だ。どんな温かさだったのか。

作業中に「ありがとう」「ご苦労さま」と声が掛かったという。「私たちはボランティアではありません。工事代金を頂いての仕事です」と説明すると「工事を請け負ってくださる方がいるから、復興が進みます。あなた方の重機の音に勇気づけられます」との答えが返ってきた。

専門的な目で見ると、東北の土木業界にはさまざまなネックがある。避難した作業員が帰って来ない。資材不足で、値が高い。輸送手段も弱体化している。「復興予算が100あったとしても、実質80くらいの仕事しかできない。厳しいですよ」が、中休みで帰社した技術者の言葉だ。実情をハダで感じている地元住民は、どんな形ででも工事が前進することに喜びを感じるのだろう。

さて今年の3月、震災2周年の数日後、NHKが「ヒロシマ 復興を夢見た男たち」というドラマを全国放映した。主人公は原爆の翌々年、初代の公選広島市長に当選した浜井信三氏である。

浜井氏は友人の意見を聞きながら、新しい広島の建設構想を練った。放置すれば藩政時代以来の狭くて曲がりくねった街並みが再現する。そこで東西に幅100メートルの道路を貫き、中心に平和公園などの緑地帯を設ける新市街の青写真を描いた。

また政府や国会に働き掛け、占領軍当局にも根回しして「広島平和記念都市建設法」という特別立法を実現、広島市にある旧陸軍の用地を、市が自由に活用する権利を確保した。

「広島は新しい法律の下でこのような街づくりを進める。政府も国会も協力してほしい」という体制を固めたのだ。

ドラマの途中には時々、手付かずのままの東北の被災地の姿が映し出された。「東北にもきっと広島のように復興する日が来る」とのメッセージだった。

ところで、このドラマでぜひ伝えてほしかったことがある。カトリック教会による高さ45メートルの広島世界平和記念聖堂の建設である。当時の広島で最も高い建物が、同様に戦禍を受けた欧州諸国信徒の献金をもとに、昭和29年に完成した。内装の一部は、全日本仏教会が協力した。宗教施設の整備が、市民の心の励ましとなった。

東北地方でも、宗教者のさらなる活動が、住民を勇気づけることを期待したい。