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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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宗教をめぐる環境 生き残りのモデル作りを

2014年8月20日付 中外日報(社説)

ある伝統教団では正住職不在の兼務寺院が3分の1にも上る。また、ある新宗教教団では無担任教会が1割あり、兼担教会や活動休止中の教会を含めると3割を超えるという。伝統仏教、新宗教ともに檀信徒・信者家庭が過疎化や少子高齢化で減少傾向の上、自らの寺院や教会においても後継者難の状況である。そうした右肩下がりの現象は今後も続くというのが、関係者の大方の予想だ。

このことは、安定したなりわいとしての宗教「家業」はもはや成立しなくなっているということを意味する。社会全体の大きな構造的変化の中にあって、宗教だけが安閑としているのは許されない時代になった。再建の見通しのない不活動宗教法人はどの教団でも、法人格の合併や解散を進めざるを得ないのが現状である。

厳しい状況を生き残るために、肉や脂肪をそぎ落としていく荒療治もやむを得ないかもしれない。一方で、まだ体力が残っているうちに、それぞれの寺院や教会も、できるところから再興に向けての手を打っていくべきだ。高齢者や子供の居場所づくりなど、宗教施設が地域の社会資源として活用できることは種々あるし、地域コミュニティーの見守り支援など、宗教者も社会への関わりをさまざまにつくっていけるはずである。

人々の宗教心そのものは決して失われてはいない。希薄になっているとすれば、それは特定の宗教組織への帰属意識であろう。わが寺の檀信徒だの教会信徒だのと言っても、そうやすやすと「囲い込み」には応じてはくれない。先祖や親がそうしてきたからといって、子孫も同様に寺院や教会に所属してくれる保証はない。そもそも多くの家庭では、肝心の家そのものが解体し、家としての世代継承ができないありさまでもある。

宗教もある意味、時代に合わせた姿に変わらざるを得ない。人口減少、少子高齢化、家の解体などを前提にした柔軟な戦略を考えてみてはどうだろうか。

ここで必要なのは、自己相対化の視点である。例えば、寺院や教会は代々自分の血族に継がせていくもの、宗教施設はこのままの形態で存続させていくべきものといった考え方も、ひょっとしたら固定観念なのかもしれない。一度、自らの足元を見直してみる必要がありそうだ。

回復のための特効薬はない。だが、一人一人の宗教者、一つ一つの宗教施設に応じた在り方があるはずだ。試行錯誤しながらも独自のモデルをつくっていくのだ、という積極的な現状打破の姿勢が強く期待されるところだ。