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難局を救う多様な言論 誤報批判に萎縮は許されぬ

2014年10月15日付 中外日報(社説)

秦の始皇帝暗殺をもくろみ刺客が送られた中国古代の故事にちなむ「白虹日を貫けり」という言葉は、政変の凶兆とされる。1918(大正7)年、大阪朝日新聞が米騒動でこの言葉を使い、時の政権が「朝憲紊乱罪」と、同紙を弾圧した。日本の新聞史上最大の筆禍事件「白虹事件」である。言論の自由が失われ、国が破局へと向かう分水嶺になったともいう。

慰安婦問題の誤報などで最近、朝日新聞批判がかまびすしい。その激しさに同事件と通じ合う時代の構図へ暗転しないか懸念する。朝日新聞を擁護しようというのではない。2005年8月、同紙は当時の田中康夫・長野県知事が関係する新党結成の動きをめぐり、記者が取材メモをでっち上げる虚偽報道をした。その際の同紙社説の見出し「朝日新聞が問われている」には強い違和感があった。社員の不祥事で他人事のように「わが社が問われている」などと釈明する企業があるだろうか。

善意にとれば朝日ブランドへのプライド、悪く言えば驕慢さがうかがえ、筆者はこの社内体質が今回の一連の誤報に対する同紙の対応の拙さに表れたように思う。だが、ここで述べておきたいのはそのことではない。

「白虹事件」に戻ると、当時、大阪朝日は大正デモクラシーの先頭に立って進歩的な論陣を張り、前年のロシア革命に干渉するシベリア出兵にも反対した。米騒動が起こると政府はその報道を一切禁じた。これに抗し、大阪朝日は内閣退陣を求める集会の記事で「白虹貫日」を使い、新聞紙法の「発行禁止」対象とされた。朝日の社史は「大阪朝日の反政府言論に対し、すきあらばと狙っていた当局としては、思いもかけない機会をここにとらえた」と記述している。

大阪朝日は社長が右翼に襲われ辞任し、編集幹部も次々に退社、報道を自己批判した。発禁処分は免れたが、当局に全面敗北し、これを境に新聞ジャーナリズムは次第に挫折していったとされる。

さて、昨今の一部右派メディアや有識者の朝日新聞批判で気が重くなるのは、慰安婦「強制連行」は誤報だから慰安婦問題はなかったといった歴史無視の論じ方である。国の威信を傷つけた朝日は廃刊すべきだという暴論まで聞かれ、まるで同紙の報道姿勢が国政の最重要課題であるかのようだ。

「三界火宅」といわれるが、内憂外患の難題山積の世に多様な言論こそが難局を救う。それに逆行する時代風潮を呼び込んだとするなら、取るべき責任は明らかだ。断じて報道の萎縮などではない。