ニュース画像
北山十八間戸の法要には100人以上の参列者が詰め掛けた
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

道徳の教科化の問題 答申の政治的文脈に危惧も

2014年10月29日付 中外日報(社説)

中央教育審議会が21日、現在は正規の教科ではない、小中学校の「道徳の時間」を、「特別の教科」とする答申を下村博文・文部科学大臣に提出した。安倍政権が意欲を示す道徳教育の強化の一環で、2018年度から授業が実施される見通しだ。

教科化されると、検定教科書が導入され、週1回の授業は学級担任が担当する。他の教科のような数値評価は困難なため、評価は記述式で行うことになる。

答申が定義している道徳教育とは、「人格形成の根幹に関わるもので、民主国家の発展を根底で支える」とされており、国家に有用な人材の育成を目指すようだ。

道徳とは、科学の法則などのような普遍的真理ではなく、その適用範囲は場所(国)や時代によって限定される一種の社会規範である。

戦前は「修身」と呼ばれ、当時の為政者らはその最も重要な徳目として「忠君」を掲げ、「忠君報国」の美名のもとに、多くの若者らを戦場に送り出した。道徳は政治的に利用されることもある。

安倍晋三首相は、前回の首相在任時に「教育基本法」を改定し、「愛国心」という言葉を同法に盛り込んだ。また政権に返り咲いてからは、国民の知る権利を侵害する恐れがある「特定秘密保護法」を成立させ、憲法第9条の改定を視野に入れて、歴代内閣が禁止してきた集団的自衛権の行使容認に踏み切った。

答申は「特定の価値観を押し付けることは、道徳教育の対極にある」とするが、こうした一連の経緯を踏まえて今回の道徳の教科化の動きを見ていくと、「人格形成」などといった“美しい衣”の下に、何やらきな臭い“鎧”が見え隠れしているような気がしてならない。

答申は、ネット上のいじめ問題や生命倫理などの現代の課題を扱うことを求めているが、宗教はこうしたいのちや心といった、人間存在の本質に関わる問題に応えることを自らの役割としてきた。

公教育で「特定の宗教のための宗教教育」を行うことは禁じられているが、「教育基本法」第15条は「宗教に関する一般的な教養及び宗教の社会生活における地位は、教育上尊重されなければならない」としている。

子供たちのより良き人格形成のためには、まずこの条文の精神を具現化して、人間存在の有限性の気付きなどといった、「宗教に関する一般的な教養」を児童、生徒らにしっかりと教え、伝えていくことこそが必要ではないだろうか。