ニュース画像
北山十八間戸の法要には100人以上の参列者が詰め掛けた
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

経済成長の時代の終焉 宗教者の活動で目覚め促せ

2014年12月10日付 中外日報(社説)

政権が経済成長を目標に掲げているが、それが現実のものとなるかどうか疑う人は少なくない。2014年7~9月期の実質GDP(国内総生産)の対前期比成長率は2期連続のマイナス成長となった。

政府が衆議院の解散と総選挙に打って出たのは、経済的な失速のために、予定されていた消費税の税率上昇を行えなくなったことが主要な要因と見なされている。世論調査ではアベノミクスの失敗という評価も高まっている。

だが、現在の政権が経済成長を第一の政策課題に掲げて、あらゆる手を打とうとしてきたことは、単に経済政策の問題としてだけ捉えるのでは不十分だろう。精神史的、ひいては宗教史的な視角が必要なのではないだろうか。

安倍政権が成立する前の時代には、低成長や脱成長に向けた歩みを進めていくべきだという考え方が次第に浸透しつつあった。1990年代前半のバブルの崩壊、そして、2011年の東日本大震災と福島原発災害は、経済成長のみを追い掛けることの危うさを自覚させるものだった。

2000年代になってからの政権は、公共事業の抑制や事業仕分けなどを進めて、赤字財政の是正に取り組む姿勢を強めていた。2011年は経済成長の時代の終わりを告げるものとする学者も少なくなかった。そこには、経済成長に希望を託さないような国民社会の在り方を見いだそうとし、精神文化の側面でもそうした方向性が求められていた。

一例を挙げれば、GDPに対して仏教国ブータンが掲げてきた国民総幸福量(GNH)を参考にしようという動きが注目されていた。そこでは宗教に大きな役割が期待されてもいた。

大局的に見れば、安倍政権はこうした流れを転換して、経済成長の夢をもう一度、呼び覚まそうとするものだった。

思えば、経済成長への期待には疑似宗教的な意味合いが含まれている。成長が続くと、近い未来への希望がかき立てられる。競争に打ち勝つ経済活動によって、現在の苦難が克復されることを夢見るのは「救い」への希望に通じるものだ。

私たちは経済成長への希望に酔うことから覚めつつある。そこで宗教が果たす役割は大きいはずだ。若い世代の中には、そのような宗教の役割を予感し、自らを見つめ直そうとしている人々が姿を現している。孤立化や貧困など社会のさまざまな問題に取り組む宗教者は、そのよい模範となっているのではないだろうか。