ニュース画像
落慶法要に続き、つき初めする小堀管長と見守る坂井田住職(右)
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

宗教者は時代の“羅針盤” どんな時にもぶれないように

2015年1月3日付 中外日報(社説)

世相を象徴する「今年の漢字」。2014年は「税」であった。消費税率が17年ぶりに上がったことが大きかったようだ。とはいえ、「税」は全16万7千余票のうち、八千数百票を集めたにすぎず、得票率わずか5%強であった。2位から5位まで「熱」「嘘」「災」「雪」と続くが、いずれも3%台である。膨大な漢字の数の中から一文字だけを選ぶわけだから、最上位の漢字でも数%程度になるのはやむを得まい。

また、現実の世界は、決して漢字一文字で表現できるようなものではないともいえるだろう。現代を評して混沌、不透明などという形容もなされるが、どんなキーワードを駆使したところで、どこか言い足りないところが生じる。いや、いつの時代であっても、同時代の者にとっては、世の中は混沌として先行き不透明なのではないだろうか。

そう考えたとき、改めて大切だと思うのは、常に変わらぬ方向性を見通す時代の“羅針盤”の存在である。羅針盤は嵐の荒天でも漆黒の闇の中でも常に北を指し示す。それが可能なのは、北極にはS極、南極にはN極の磁極があり、羅針盤のN極は常に北極に引き付けられるからである。つまり、羅針盤の磁石は地球という巨大磁石に対応しているわけだ。

この地球の存在を神仏という超越的存在と置き換えれば、羅針盤に当たる存在は宗教者ということになろう。宗教の教えは世俗の価値観を超え、また生死を超克する価値観を提供する。だからこそ、いかに状況が混沌として先行き不透明な時代であろうと、神仏の大きな計らいのままに、宗教者は教えを信じ、実行し、人々にも説き、また導くこともできる。

羅針盤を搭載した船が正しい目的地に向かうように、宗教者は人々が人生行路を誤らぬよう、かじを取るための指針となり得る。とりわけ仏教は「救世の船」にも喩えられる。衆生が「苦海」の中をいたずらに漂わないよう、絶えず人々に向けてメッセージを発していくことが必要ではないか。

羅針盤の針がぶれては、船は正しい航路を取ることができない。宗教者も人間である以上、時に判断を誤ることもあろう。しかし、神仏の導きを信じ、その都度軌道修正ができる精神の柔軟さがあれば、決して大きな過ちを犯すことはないはずだ。

2015年がどんな年になるにせよ、宗教者は、この世の出来事や情報の荒波に翻弄されることなく、教えの真理に我が身を照らし、ぶれることなき時代の羅針盤であり続けたいものである。