ニュース画像
御影堂前階段で記念撮影を待つ小僧さんたち。2時間余りの儀式を終えてほっと一息
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

シャルリー・エブド事件 異なる世界観の対話を

2015年1月21日付 中外日報(社説)

イスラームへの風刺画を掲げてきたフランスの新聞社「シャルリー・エブド」が7日に襲われ、同時に計画された他の人質事件も含めて多くの犠牲者が出た。犯行はイスラーム過激派の背景を持つ若者たちによってなされた。許されることではない。犠牲者への哀悼の念を分かち合いたい。

だが、この悲しい出来事を、異なる宗教の間の対立や世界観の間の対立が増幅するような方向に持っていってはならない。フランスのオランド大統領は「テロとの戦争」を宣言し、「自由のために一切の妥協を排し戦う」と述べたと伝えられる。新聞にはムハンマドの新たな風刺画が掲げられもした。幅広い範囲のイスラーム教徒を敵視するような姿勢に、世界のイスラーム教徒は驚いて懸念を表明している。

報道の自由、表現の自由を脅かしている要因は過激派だけから来るものではない。政府や政治的な力を持つ勢力が金や様々な手段を用いて自由を脅かしている例も多い。イスラーム対表現の自由、宗教対表現の自由といった対立図式は危うい。「世界観の対立」という分かりやすい図式に、いつの間にかはまってしまっている。

宗教的世界観を持つ人が、崇敬対象に対する冒涜的な表現をやめてほしいと意思表示する。それに耳を傾けて、相互理解の道を求めることもできる。他方、それが自由や人権に反するので、世界観として受け入れられないとして、挑発的に対抗することもできる。後者は「世界観の対立」を好む姿勢だ。

そのようにして相手に攻撃的に関わり不信感を増幅するのは、対話や融和・和解にではなく、敵対と暴力への動向を後押しすることになりかねない。

宗教間の対立が話題にされることが多かったが、宗教文明間の対立と見た方がよい場合が多い。また、宗教を否定的に捉える世界観もそこに関わってくる。国際政治、国内政治の困難な問題に、世界観の対立が絡む機会が増えている。

宗教の中に外部を敵視し攻撃的に関わる傾向が見られることは、かねて強く意識されている。だが、非宗教的な世界観も同様の方向に向かうことがある。これら多様な宗教・世界観の間の対話と融和・和解がますます必要になってきている。

宗教界も言論界もこうした重い課題を意識し、自らを省みるとともに、他者と意見の対立を避けずに関わりながら、地道な相互理解の歩みを重ねていくことが望まれる。