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京都での講演回想 ワイツゼッカー氏に学ぶ

2015年2月25日付 中外日報(社説)

1987(昭和62)年以来、毎年8月4日に天台宗と総本山延暦寺主催の「世界宗教者平和の祈りの集い=比叡山宗教サミット」の開かれる比叡山。その西南の麓の京都市左京区に、関西セミナーハウスというキリスト教系の研修・宿泊施設がある。

修学院離宮や天台宗曼殊院門跡に近い閑静な場所で、東京オリンピック(1964年開催)の直後に、ドイツの信徒らが始めたターグング(1日を共に過ごす)運動に倣って開設された。

旧約聖書創世記の天地創造の場面に「夕べがあり、朝があった」と記されている。その言葉を踏まえ、一夜の宿りを共にしながら意見を述べ合い、理解を深めることを目指した。仏教者を含めて、宗教関係の集いが多かったが、昭和の時代には関西経済界の経営者と労組の幹部が非公式に語り合う場にも利用された。

1990年の東西ドイツ統合の頃、10年間にわたり同国大統領を務めたリヒャルト・ワイツゼッカー氏が、辞任の翌年に来日したことがある。1995(平成7)年、阪神・淡路大震災の直後であったが、関西ではこのセミナーハウスでも講演をした。同氏はその10年前に、第2次大戦終結40年を期して「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目になる」との演説を行って、ドイツ国民が戦争を始めた責任と、ユダヤ人を迫害した歴史に正面から向き合うべきことを強調した。演説は「荒れ野の40年」のタイトルで呼ばれ、全世界に感銘を与えていた。

関西セミナーハウスでの講演ではその真意に触れ、戦後の世代を含めてドイツ国民全体が戦争責任を背負うべきだと力説し、「過去を否定する者は過去を繰り返す危険を冒している」と述べた。約300人を前に、静かな口調ながらターグング運動の場にふさわしい内容の講演だった。

この年の8月15日には、戦後50年に際して当時の村山富市首相が「植民地支配と侵略により諸国民に苦痛を与えたことを反省する」という内容の「村山談話」を発表している。

ワイツゼッカー氏は今年1月31日に94歳で死去、2月11日に国葬をもって送られた。その前後、パリの週刊新聞へのテロ等をめぐって欧州各地でイスラーム系移民の締め出しを主張するデモが相次いだ。その活動が最も盛んなのがドイツであると伝えられている。「イスラム国」の行為も絡み、情勢は複雑だ。こんなときにこそ、ワイツゼッカー氏の遺した教訓に学ぶ点はないであろうか。今年は戦後70年である。