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宗教系私学の課題 宗教的情操涵養に全力を

2015年3月6日付 中外日報(社説)

川崎の中学生殺害事件が連日報道され、事件の背景が様々に分析されている。こうしたニュースに接するたび、ほとんどの人は、容疑者たちがどのような環境にあったか、地域社会が凶行を抑止することはできなかったのか、学校はそのために何かをなし得なかったのか――という切実な思いを抱くのではないか。

社会教化の努力の不足を痛感し、若い世代の道徳的・宗教的情操を涵養する必要性を改めて考える宗教者も多いはずだ。そして、宗教教育がなかなか受け入れられない社会環境にいら立ちを感じる人も決して少なくないだろう。

次代を担う少年少女たちが、宗教的情操を養い生命への畏敬の念を持ちながら育ってほしいとの願いから、2006年の教育基本法改正の論議では政教分離の壁を越えて、公教育に宗教的情操教育を導入しようという動きもあった。全日本仏教会などは、「宗教的情操の涵養」の尊重を改正法の条文に盛り込むよう働き掛けた。

もっとも、「日本の伝統・文化の形成に寄与」した宗教の基本的知識重視の条文化も含め、その提案は、政教分離原則上そもそも問題があった。このため、改正法には「宗教に関する一般的な教養」の尊重が新たに盛り込まれるにとどまり、公教育の枠内での限界を示した。

一方、戦前の旧文部省公認の学校では、私立学校令と文部省訓令の統制を受け宗教教育が禁止された(専門学校令による宗教系の旧制専門学校は宗教教育を行うことができた)。戦後は上記訓令も廃止され、宗教系私学での宗教教育の禁止規定はなくなった。

ところがどうしたことか、禁止されていない宗教系私学の宗教教育は逆に最近、力を失ってきたように見える。設立以来、宗派の学徒以外に多くの一般の生徒を迎え入れてきた中学・高校は、中等教育の場にふさわしい宗教的情操の涵養を課題としてきたので、別に検討すべきだろう。他方、宗教系の大学は総合大学として規模が拡大する中で、宗派の教えを担う学部・学科が埋没し、宗教系としての教育的特色を発揮できないでいる例が少なくない。経営母体の宗派側が「建学の精神」の危機を強く自覚しているケースもある。

私学冬の時代とされる今、学校経営の論理では宗教色の強調は有利と考えられないようだ。だが、改めて宗教系私学の課題を根底から考えてみる必要があるのではないか。宗教系私学が全力を挙げて「宗教的情操の涵養」に取り組み、率先垂範することこそ、社会的要請に応える道だと考える。