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沖縄に向き合わずして 平和を語る大いなる矛盾

2015年4月17日付 中外日報(社説)

「戦争の世紀」ともいわれる20世紀に世界を吹き荒れた全体主義は、全体の利益のため個人や少数集団を犠牲にすることを特徴の一つとする。その思想の下で民衆は思考停止状態になり、異なる選択肢や多様な人々の存在を許容しない偏狭な排外主義に陥る。沖縄の願いを無視、米軍普天間基地の辺野古移設を「唯一の解決策」と強行する安倍政権の手法は、この忌まわしい言葉を連想させる。

「もう捨て石にはならない」という沖縄の声は痛切だが、安全保障を口実にそれを踏みにじる行為は戦前の全体主義的発想にほかならないのだ。沖縄の基地問題は沖縄の問題ではない。理不尽な政治に目を背けていると本土の良心を問われ、ブーメランのようにいずれ災厄は我が身に降り掛かる。

4月は沖縄には特別な月だ。終戦の年の4月1日に米軍が本島に上陸、地元紙の表現を借りれば「ありったけの地獄を集めた」ような悲劇が展開された。住民根こそぎ動員、老幼婦女子の戦場さ迷い、日本兵による食糧強奪、スパイ容疑での住民の殺害、壕からの住民追い出し、強制集団死、餓死……当時60万人弱の県民の4分の1が犠牲になったともいわれる。

1952年4月28日に対日講和条約が発効、政府は一昨年、この日を「主権回復の日」と祝ったが、沖縄では米軍の占領が合法化された「屈辱の日」だった。米軍は「銃剣とブルドーザー」で県民の土地を収用し、本土では地域住民とトラブルを起こしやすい海兵隊を中心に、基地を沖縄に集中していった。

72年の本土復帰後も、県民の痛みに塩を塗り込むような基地政策が強引に進められてきた。その延長上に辺野古移設がある。

沖縄では昨年の名護市長選、知事選と衆院選全4選挙区で自民党が敗北、世論調査も県民の4分の3以上が辺野古移設に反対だ。だが、移設のための作業は「美ら海」のサンゴ礁を壊し、知事の停止指示も無視して行われている。本土メディアはほとんど報じないが、当局の強圧的な警備で抗議の反対派住民に負傷者が相次ぐ異常な事態になっている。

日本の平和憲法は成立段階から沖縄の「基地化」と表裏の関係にあるという認識が本土住民には薄い。その無責任さは、例えば辺野古移設への賛否が本土では沖縄と違いほぼ拮抗することにも表われる。地球規模で自衛隊派遣を可能にする安倍政権の安保法制改変も、沖縄抜きには考えられない。それは、やがて「9条」改定へと向かうだろうが、それでも沖縄に無関心でいていいのだろうか。