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「人間の安全保障」 原発事故に目を背けるな

2015年5月29日付 中外日報(社説)

4月に米国連邦議会で行った演説で、安倍晋三首相は「国家安全保障に加え、人間の安全保障を確かにしなくてはならないというのが、日本の不動の信念です」と誇らかに宣言した。平和のためには軍事的攻撃が行われないだけでなく、人々の生存が脅かされている状態を克服しなくてはならない。これが「人間の安全保障」という理念だ。

外務省はこう説明する。「人間の生存・生活・尊厳に対する広範かつ深刻な脅威から人々を守り、人々の豊かな可能性を実現できるよう、人間中心の視点に立った取り組みを実践する考え方である」。「人間の安全保障」とは詰まるところ「一人ひとりのいのちが尊ばれる社会」を目指す考え方だ。この考え方は1990年代以来、日本政府が高らかに唱え、国連にも訴えてきたものだ。国際社会における日本の役割を意識し、軍事貢献よりも「人間の安全保障」にこそ力を入れるという立場だ。多くの宗教者からも賛同を得られるだろう。日本の国がこの理念をしっかり具現するようでありたい。

現実はどうか。先の演説で安倍首相はさらに述べている。「人間一人ひとりに、教育の機会を保障し、医療を提供し、自立する機会を与えなければなりません。紛争下、常に傷ついたのは、女性でした。わたしたちの時代にこそ、女性の人権が侵されない世の中を実現しなくてはいけません」。こう述べるからには、日本が現在、この問題にどう取り組んでいるかを示すべきだろう。「紛争下、常に傷ついたのは、女性でした」と一般論を述べるだけでなく、日本の過去を真摯に振り返ることなくして信頼を得ることはできない。

また、福島原発災害後の日本政府が、女性や子どもにどのような対応をしてきたかも問われるべきである。国際政治学者の清水奈名子氏は「危機に瀕する人間の安全保障とグローバルな問題構造―東京電力福島原発事故後における健康を享受する権利の侵害」という論文で、福島原発災害の被災者たちの現状は日本において「人間の安全保障」が危機的な事態にあることを示す、と述べている。

子どもの健康を守ろうとする母親の選択が支援されない事態は明白な例である。調査によれば、自分たちは「見捨てられた」と感じる被災者が少なくない。こうした状態を改善すべく、日本政府は全力で取り組む必要がある。早期帰還を促し、避難の打ち切りを強いるような政策を撤回し、全ての被災者を支援する政策に転換すべきだ。それこそ積極的平和主義の名に値する政治である。