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戦後70年の夏に思う 平和国家を守り抜く覚悟

2015年8月26日付 中外日報(社説)

さほど遠くないこの国の未来に深い懸念を抱かせる戦後70年の夏である。特に「戦争法案」と批判される安保法制、原発再稼働や普天間基地の辺野古移設など安倍政権の重要政策は平和と命、人権に関わり、心が重い。昨年末、特定秘密保護法も施行された。いずれも国民の多くは反対なのに聞く耳を持たぬ。“古希”を迎えた平和国家は、いかにも危うげだ。

これら諸政策には近隣国との友好にプラスになるものがない。安保法制は中国、北朝鮮への軍事的抑止力を日米同盟の強化に頼み、見返りに自衛隊を世界の紛争地域に送り出す仕組みだろう。原発には、日本を潜在的核保有国と見なす各国の目も光っている。

安倍晋三首相の戦後70年談話が注目されたのは、首相の復古主義的な過去の言動も絡んで、近隣国との関係が危ぶまれたからだ。一方、首相には歴史認識の譲歩で支持率を回復し、安保法制の成立を急ぐ思惑があったのかもしれない。

今後、様々な動きが出てくるだろうが、中でも気になるのは聞きたい話には熱心だが不都合な事実には目を背ける近年の内向きな社会潮流だ。70年前の破局をもたらしたのと同種の病理である。右派メディアに見る、近隣国の脅威や異質さを騒ぎ立て、対立感情をあおる言説はその表れだ。報道機関に威圧的な保守政界の一部と親和性があり、見過ごせない。

偏狭なナショナリズムが高揚する社会は「知性的な慎み深さが消え失せ、過去は改変可能とみなされ、明白な事実さえも否定されるようになる」(ジョージ・オーウェル『ナショナリズムについて』)。今年の日韓国交正常化50年の節目に影を差す慰安婦問題は顕著な具体例だ。「物理的な強制連行」の否定にとどまらず、「売春婦」と人格否定の極論まで聞かれる。その言辞には過酷な植民地支配を洞察する視点がない。慰安婦は戦場で日本軍に協力し、軍と共に移動しながら慰安所で多い日には数十人もの日本兵の相手をさせられたという。その痛ましさを思いやる心が感じられない。

慰安婦問題は韓国側の認識にも大きな過誤があるようだが、慰安婦の真実には謙虚に耳を傾ける姿勢が、加害国のせめてものたしなみであろう。同じことは中国にもいえる。隣国の台頭に力で向き合うなら軍拡競争を招くだけだ。

近隣国とは対立を超え、将来に向けて自他不二の共存関係を築いていかねばならない。平和国家の理念を守り抜く宗教者・市民一人一人の覚悟と営為がこの夏、改めて試されているようだ。