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黒い服を着る機会 広まる「身内葬」に思う

2015年9月4日付 中外日報(社説)

病気で亡くなった愛児を生き返らせてほしいと頼まれた釈尊は、その母親に「葬式を一度も出したことのない家からケシの実をもらってきなさい」と言った。母親は家々を訪ね歩いたが、葬式を出したことのない家は一軒もない。母親は、初めて死の現実を受け止めることができたという。

先頃、哲学者としても評論家としても有名な人物が亡くなった。真っ先に訃報を伝えた新聞には、死去の日時や場所、病名等の記載がなかった。本人が葬儀を営んではならぬと遺言し、遺族がそれを守ったため、世間並みの発表が遅れたものらしい。珍しいケースであった。

奈良県在住で、間もなく喜寿を迎えるAさんは、このところ川柳を楽しんでいる。5年前に作った「定年後たまの外出黒い服」は仲間うちで好評だった。仕事を離れた現在は、いつも自宅でカジュアルな服装でいる。ネクタイを締めて出掛けるのは、友人知己の通夜か葬儀のときに限られる、という日常を詠んだものだ。

だがAさんは、この句を詠んで以後「黒い服」を着る機会がめっきり減ったことに気付いた。同窓会からも、職場のOB会からも、訃報が届くことはない。時代の流れで地味な「身内葬」を選ぶ家が増えたためだ。新聞に掲載される有名人の場合も「葬儀は身内で済ませた」の書き込みが目立つ。Aさんは「100円ショップで買い置きの香典袋は出番がなく、色があせた」と苦笑する。

「新聞の川柳欄では、告別式が同窓会に早変わりしたという句を何度も見た。弔いの場を旧交を温める機会にするのは不謹慎と見られるかもしれないが、案外、故人もそれを喜んでくれるかもしれないと理由付けして、典礼会館からの帰途、精進落としの場所を探したものだ。そんな機会が減ったのは寂しいですね」

多くの会葬者の集まる葬式が少ないのは、一般市民が宗教と接する機会が減ることを意味する。仏式,神式にせよキリスト教式にせよ、それぞれの宗教の行き届いた式次第に接すれば、信仰心を高める効果があるはずだ。宗教者の工夫で,華美を避け、質素な中にも心のこもった葬送を創出できるのではないだろうか。

Aさんの趣味は川柳だが、お寺の檀徒には俳句ファンも多い。一部寺院では寺報に文芸コーナーを設けて、檀信徒交流の場としているところもある。こうした配慮で「身内葬」のワクを打破することはできないであろうか。年末に届く喪中はがきで旧友の訃を知るのは、寂し過ぎる。