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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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水木しげる氏逝去 見えない世界を信じる意味

2015年12月9日付 中外日報(社説)

漫画家の水木しげる氏が93歳で亡くなった。『ゲゲゲの鬼太郎』『悪魔くん』のような妖怪物だけでなく、『総員玉砕せよ!』などの戦争物でも知られた。21歳で応召し、南洋の激戦地に行かされた。凄惨な殺戮の中で戦友たちは次々と命を落とし、自らも左腕を失う。戦争は人殺しであるという現実を、身をもって知った。もしかしたら、水木漫画に繰り出される妖怪たちは、戦死した戦友の霊が描かしめたのかもしれない。

水木氏は少年時代、菩提寺に掲げてあった「六道絵」を飽きもせず眺めていた。その時に、この世と違う別の世界があるのだと深く心に刻み込まれたのだろう。子供時代は妖怪と霊に取り囲まれていたと述懐している。

東日本大震災の後、被災地で幽霊が出るという話が思い出される。その多くは恐ろしい心霊現象というよりは、亡くなった人や行方不明のままの人への哀惜の思いの表れだともいわれる。「幽霊でもいいから会いたい」という遺族の証言がそれを示している。現地で心のケアに当たる僧侶たちも、仏教の教えでは幽霊は否定されるものの、人々の心情に寄り添って傾聴を続けている。

妖怪や幽霊は低次な民俗的現象にすぎず、高等な宗教では否定すべきだという教条的な立場では、民衆の心を捉えることは難しい。実は、水木氏もこれと似た観点から、宗教に対してあまりよい感じを持っていなかったようだ。宗教は人間の持つ霊的な感受性を麻痺させるというのが、その理由である。本来は自分が感じるものを、宗教が教義という枠に押し込めようとするわけである。

確かに妖怪や幽霊という存在は、宗教とは截然と分けられるだろう。しかし現実には潜在的な宗教性の底流でつながっている。これら異形の者たちこそ、この世にあってこの世を超えた存在であり、そうした存在に敏感であることはそれだけ宗教的・霊的な感性が豊かであるともいえるのではないか。

水木氏は、自ら提唱する「幸福の七カ条」の中で、「目に見えない世界を信じる」ことを訴えた。それは、この世に生きながらこの世ならざる世界を信じることである。この世しか持たない人よりも、あの世があると思う人の方が、この世を豊かに生きることができる。そのことを教えてくれる存在こそ、他ならぬこの世の者ならざる愛すべき妖怪たちである。

宗教からの発信が人々の心になかなか届かないと嘆く前に、一度、水木氏の妖怪漫画をひもといてみてはどうだろうか。