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「一億総活躍」 何のためのスローガンか

2015年12月11日付 中外日報(社説)

「一億総活躍」という掛け声がかかっている。世はそれほど沈滞しているのだろうか。確かに内需も貿易も投資も振るわない。GDPは足踏み状態で、賃金はほとんど上がらず、物価も日銀が予想したようには上昇しない。

考えてみればいろいろな掛け声や運動があった。明治維新の「文明開化」はさておき、戦時中は「進め一億火の玉だ」「一億特攻」など軍部・政府・マスコミの大合唱に駆り立てられ、「お国のために」命を捨てて戦って、結果は惨めな敗戦。

「一億総懺悔」をして焦土の中から立ち上がり、復興に大汗をかき、ようやく生活も安定した頃の「所得倍増」には一億が踊った。テレビ、洗濯機、冷蔵庫の三種の神器をそろえるため「モーレツ」に働き、購買意欲はマイカーからマイホームへと高まり、不動産バブルに突入、あれよあれよという間に地価は大暴騰、結局バブルは政府の貸し出し総量規制ではじけて、残ったのは購買者側の巨額の借金と銀行側の不良債権だった。

他方、戦後から燃え上がった反体制の機運は春闘と60年安保で全国化し、学園紛争で頂点に達したが、機動隊導入という仕儀になり、結局は浅間山荘事件やソ連の崩壊で世の支持を失う。この頃は思想書が売れに売れて、「自己否定」などという言葉がはやり、一億総思想家の感があった。これも一種のバブルであったようだ。

以来、不況気味で現在に至っているが、野球、サッカーなどスポーツをはじめ、世を挙げての流行の盛り上がりには事欠かなかった。かつて人々は電車の中で活字の本を読んでいたが、それが漫画になり、今では誰もがケータイやスマホを操作している。

思想書が売れたのは昔のこと、今では出版社は青息吐息である。電子媒体が発達したせいばかりではあるまい。経済界とマスコミは儲けること、勝つこと、楽しむこと(娯楽)ばかり煽り立てる。人生を考える人間が増えたら経済は余計沈滞すると恐れているかのようだ。

社会は不況だという。しかし凶悪犯罪は減り、完全失業率は4%を割り、平均寿命は延び、為替レートは1ドル120円前後、日経平均株価は2万円ほどで安定している。誰かの利益のための掛け声に踊らされるのはもうごめんだと、落ち着きの方向を求めている人も多いのではないか。静かで落ち着いた、きよらかなこころ。これは仏教が目指してきたところである。「一億」をひとからげに操る政治スローガンからはそろそろ卒業したい。