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「誇れない国」の姿 小指の痛みを全身の痛みに

2016年2月12日付 中外日報(社説)

「小指の痛みを、全身の痛みと感じて欲しい」と、故喜屋武真栄さん(沖縄県祖国復帰協議会長、参院議員)が国会で語ったのは1969年。3年後、沖縄は本土復帰したが、この発言は米軍占領下の沖縄の苦難とともに小指の痛みを放置すれば病は全身、つまり本土に広がると警告するレトリックだったという(矢部宏治『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること』)。病とは、世界に例がない対米従属の深化・固定化である。

日本の戦後史をひもとくと、政官界の米国追随の軌跡に驚く。安倍政権による特定秘密保護法制や集団的自衛権の行使容認を核とする安保法制も、従属が行き着いた到達点の一つだが、まだその先が続くはずだ。沖縄は常にそんな日米関係の渦中に置かれ、事実上の半植民地状態に耐えてきた。

だが、今も本土住民の関心は薄いばかりか、沖縄への偏見と差別に満ちた言説がさらに勢いを増す。沖縄問題の実相を知れば、主体性を欠く自画像と向き合わざるを得ない。沖縄を孤立させ、基地の過重負担を押し付ければ本土自体は従属の屈辱を不可視化し、中国の脅威にも安心できる。そんな身勝手さを否めず、自他不二とは真逆の「誇れない国」の姿をそこに見る。

喜屋武さんの話に戻ると、節目の一つは米軍駐留の合憲性が焦点になった59年の砂川判決だ。米軍駐留は戦力の保持を禁じた憲法9条2項に違反する、とした東京地裁の判決に対し、米国は駐日大使らを介して露骨に内政干渉し、異例の跳躍上告で最高裁が合憲の逆転判決を出した。日本に指揮・管理権がない駐留米軍は憲法にいう戦力ではないとの奇妙な理屈による。日米安保条約のように高度な政治問題を司法は判断しない「統治行為論」も確定させた。

当時の田中耕太郎・最高裁長官は米国に迎合、駐日大使らと密会を重ね判決の見通しも事前に漏らしていたことが最近、米国で公開された大使館と本国との公電で分かった。憲法に定める司法の独立を侵した田中長官を大使は称賛し、長官は2年後、国際司法裁判所判事に進んだ(吉田敏浩ほか『検証・法治国家崩壊』)。だが判決以降、本土でも米軍基地は実質的に治外法権になり、政府も米軍にモノを言えなくなった。そういう罪深い判決を内閣は「集団的自衛権合憲」の根拠としたわけだ。

従属にマヒすると、同じ立場の人々の痛みを見ない。先月の宜野湾市長選も、眼前の普天間基地公害の苦しみを深く思いやる心がないと、評価を誤るだろう。